甘い蜜は飴に非ず

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「す、好きな人と一緒に居たいって思うのは普通の事だしぃ、!俺だって男だしっ、」 常にいちゃいちゃ出来る環境とか天国でしかない。 巡り巡って360度も超えて遠回り、それなのにこんな自分を好きだと言って気持ち悪い性格まで受け入れてくれた律を否定する事なんて絶対と言い切れる程に無い。 むしろ本当ならばこちらから地面にめり込む位に頭を下げて、一緒に居てくださいと言ってもおかしくないのに律から同棲の申し込みをされるなんて笑う門には福どころか初夢に一富士二鷹三茄子が約束されているようなものだ。 「俺の事嫌いにならない?」 「ならないっしょっ!!」 なる訳がないっ!! 律に頭に回した腕に力を入れ、ますますぎゅうっと抱きしめれば、甘えるように帆高の胸元に頭を預ける仕草にまた風穴を開けられる。 ああああああっと悶えんばかりの破壊力。 可愛い、好き、課金、課金したい。 謎の衝動に襲われながらも、どさくさに紛れその頭にすりっと頬を寄せれば暖かい体温に胸も熱くなる。 帆高の住む家の近所の公園のベンチにいつも居たおっさんが言っていた。 『今日は胸アツだったんだがな…』 片手にワンカップ、片手に数個の銀色の玉を転がして。 あの頃は意味が分からなかったがきっとモノは違えど、こういう気持ちに近かったのかもしれない。 その例えは誰が聞いても絶対に違うと否定されるだろうが、高揚感に浸る帆高はついでにうりうりと律の頭に自分の頬を擦り合わせる。 が、 「じゃ、俺と一緒に住もう」 ―――――それは、どうだろう。 すんっと現実に戻れば、困惑が酷い。 確かに律は自分で稼いでいる。その金を元に生活しようとお誘いしてくれている。 だが、それは男としてはどうだろう。 おんぶに抱っこはお姫様。 (うーん…) 家事だって折半なんて言ってられない。 全部此方が引き受けるくらいにしないと、と思うが完全にこなせる自信も無い。 それに、住むにしたってこの家なのでは? 「この家ってさ、じーさんが買ったんだけどもう使わないから俺に住んでいいって言ってくれてんだよね。つか、財産分与みてーなもんだって言ってたから遠慮はいらないと思うんだけど」 エスパー? この人顔が良いだけじゃなくて人の気持ちまで読めたりするのだろうか。 すごい、好き。 いや、違う、そこじゃない、好きだけれどそこじゃないのだ。 「でもー…でもっすねぇ…」 律の祖父もまさか自分の孫が同性と同棲するなんて想像もしていないだろう。 駄洒落にしても面白くもない。こちらは胸のときめきで胸を押さえる事があっても、あちらは最悪ショックで押さえる事があるかもしれないなんて、目も当てられない。 眉間の皺を限界まで作り上げる帆高の苦悩は人の生死までに及ぶものとなってしまった。 「帆高さぁ」 「は、はいっ」 それでも見上げて来る律にドキリと鳴ってしまう心臓は正直なもので、そろりと腰を下ろす。 蜜をたっぷりに含んだ飴玉のようなその目。 「何をそんなに悩んでんの?」 「ーーーいや…普通悩むっしょ…」 口元を撫でる帆高は思う。 逆に何故律の方は悩む事が無いのか。 互いに学生。 しかもこの部屋は持ち家だとしてもそこにホイホイと上がり込むのは男の帆高。 金銭面的にも律の方が負担しかねないのは流石に男としてのプライドもどきが疼く。 それに、考えたくはないがどうしても過ってしまう、もしもの世界。 (そうだよ、万が一…別れるとかなったら、) そんなの、 「俺はさ、帆高と居れるなら利用出来るもんはしようと思ってんだけど、お前は違うの?」 「ーーーへ、」 「カッコ悪いとこ見せるのも本当は嫌だけど、それくらい必死になってんだけど」 頬に当てられた律の手が少し震えているように感じるのは気の所為だろうか。 都合の良い錯覚? 幻想? 「初めて過ぎて怖いのはこっちも同じなんだよ。ぶっちゃけ、こんな気持ちになって一番戸惑ってんのは俺の方なの」 怖いくらいに形の良い唇から出てくる言葉が全て真っ直ぐに帆高に向かってくる。 「一回セックスしたら全然駄目。満足するかと思ったら焦燥感がすげーんだよ。分かる?クソほどダセー」 セックスが駄目だったかと思ってしまった帆高の心臓が違う意味で大きな音を立てるが、空いていた律の手がまた腰に回るとそのまま引き寄せられると、『ぐっ、ぶ…!』と出て来る情けない声。 そして、トドメは、 「これって俺の我儘、だったりする?」 首、こてん、だ。 ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁんーーーー!! 弾けたのは律の思考か、その眼球か。 恐らく両者だったのだろう、ぶわりと溢れた涙と共に帆高の両手は律の首へと。 再び抱きしめる格好になりながら、えぐえぐと声にならない嗚咽を漏らしつつ、何とか喉に力を込める帆高はさぞかし傍目から見ても異様な何かにしか見えないだろう。 「い゛、いっしょに、いまず…っ!!我儘とかじゃないっずよぉ゛!!」 「マジで?男に二言はねぇよな」 「もちのろんですっ!!」 律の首にしがみ付いたまま、必死に頷く帆高の顔は残像しか残らないのも恐怖でしかない。 でも、仕方がない事だ。 好きな相手、いつも胸キュンされている律がこんなに自分を欲してくれているのだ。 (俺が頑張るしかねーじゃんっ…!!!) 何を言われても、何をされてもこの恋人が手をのばすのであればそれを掴んでいたい。 そんな決意を胸に、律の首に回した手はぎゅうっと固く握られるのだった。 チョロい。 なんてチョロいのだろう。 チョロ過ぎて可愛い、好き。 どろりとした濃い蜜を含んだ律の眼がゆったりと弧を描く。 決して甘いだけではない、それ―――。 (振り回されるのも悪くないけど、やっぱそれだけじゃ進まないんだよな) 言質もとった事だ。 上手い事回していかないと、と。
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