塩はひとつまみ

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塩はひとつまみ

夏休みも終わり、久々に会った幼馴染はこんがりと焼けた肌色に。 こんな感じのパンのキャラクターがいたな、とぼんやり思い出す帆高に大海はくりっと眼を動かした。 「あー?何か、帆高雰囲気違う?」 夏休み明けに雰囲気の変わった女子高生を目敏く見つけるクラスメイトの如く、ついでにふんふんっと自分の周りを回りながら観察してくる。 「あ、髪切った?」 「どこのサングラスだよ」 全身眺めまわす様に見て結局そんな事だけかと思うも、内心ほっとしたのも事実。 一度律とセックスをしてから、同棲を受け入れてから、バイトがある日は律の家に泊まり、無い日でも合鍵で彼の家で帰りを待つ。休みの日はお家デートなるものから、映画や食べ歩き、買い物は一緒に暮らし始めたら必要になるモノを二人して吟味しながら購入した。 そんな半同棲的な物を続ける中、当たり前だがやる事はやっている。 それはそれは、あんな事からこんな事まで、と言った具合に一通り。 キスも律からされるのを待つばかりの帆高から、緊張しながらではあるものの自分から出来るニュー帆高へと進化も得た。 声に出して言えない事もされてしまったが、羞恥よりも多幸感が勝ち、そしてそれよりも最近では快感が勝つのだから慣らされていく身体にも自分の事ながら妙に感心してしまう程だ。 今からこんな事で一緒に暮らし始めたら若干の不安が躍り出てくるも、結局は期待が大きいのか、思わず顔がにやけてしまう。 一応母親にはルームシェアをしたいと提案してみれば、しばし真顔でじっと凝視されたものの、 『お相手は迷惑じゃないの?あんたなんて家事も出来やしないのに』 『まぁ…それは勿論頑張るけど…』 『頑張って出来るならうちに居た頃からやって欲しかったもんだわ』 そんな正論の右ストレートを容赦なく繰り出す。 そして、 『まぁ若いうちに家を出るって言うのも経験した方がいいかもね。特にあんたみたいな甘えたは』 意外とあっさりとした了承の返事。 それに一瞬目を丸くした帆高は母の具合を一瞬訝しむも、余計な事を言って反故されてはならない。 わざわざ薮を突いて蛇を出すなんて趣味は無いのだから。 折角許可を得たのだ。 『あ、ありがとっ、』 ぱあぁっと見てわかる程に破顔させ、ほくほくと頬を赤くさせる帆高に母からの溜め息は大きい。 『その代わりちゃんと細かく決めて報告なさい。色々決まったらちゃんとお父さんにも言いなさいよ。お金だって関係してくるんだから。バイトしてるからって舐めて掛かるんじゃないわよ』 だが、そんな態度にも粗野な物言いにも、じぃんっと感じたのは素直に感動の気持ち。 (それなりに、心配はしてくれてんだよな) 少し唇を尖らし照れ隠しに小さく『おう…』なんて、少し熱くなった目頭を見せぬように顔を伏せて返事をした帆高だったが、 『あ、じゃああんたの部屋空くのよね…っ!せ、戦利品が置ける…!!おしゃれ祭壇とか作れるっ!インスタコーナーとか、やばいっ、テンションあがるっ!!!』 年の割には機敏な動きで自室に戻ったであろう母親を見送るなり、途端に顔面を引き攣らせる事となった。 どうやら帆高の部屋は彼女の推しの部屋となるようだ。 おしゃれ祭壇とは一体なんだ。模擬結婚式でも上げると言う気だろうか。 そんな妄想をしてしまえば、露骨に顔を歪めてしまうも、律との同棲が手招きして待っている。そんな魅力的な生活が。 (楽しみが過ぎる…) ニヤける顔が抑えられない。 おはようからおやすみまで。 いってらっしゃいからおかえりまで。 出来るだけ身悶える事が無いようにせねば。 ぺたりと赤らんだ頬を掌で覆う乙女ポーズを無意識にしてしまう帆高を、怪訝そうな眼で見つめる大海は、はて?と焼けた顔を傾げた。 * 矢張りバイトは辞めさせるべきだろうか。やっぱ、そうかもしれない。 だって危ない。 何が危ないってもし依頼人から、これも仕事の一環だから、なんて誘い文句をお人好しな彼は断れずにずるずると受け入れてしまうかもしれない。 殿様と女中のよいではないか、よいではないか、あれぇーごっことか。 彼の不安な所はそう言う所。 例えて言うなら、ホテルの中見るだけだからと言われたら、じゃあ、見るだけ、とか、土下座したらやらせてくれそう、だとか、先っちょだけだからって言ったら、じゃあ先っちょだけ、なんて言い出さないか、とか。 家事代行なんてものもあるのだ。 ひとり暮らしの男の依頼だったらどうする?家に帰ってエプロン姿で出迎える彼に欲情なんてされたらと思うと居ても立ってもいられない。 「俺流石に寝取られ属性とか無ぇんだよな」 ーーーーそれ、 「俺が聞かなきゃ駄目なのかよ…!!」 大学内、大勢の生徒達で賑わうカフェテリアの一角。 他のテーブルよりも異彩を放つそこは、此方も夏休みを終え、大学が始まったらしい二人が窓際に設置してある席にて昼食を共にする姿が見られる 律はサンドイッチ、大貫はチキンサラダにおにぎりと蒸かし芋。 だが、大貫の方が食欲が失せてしまったのか、先程から広げたタッパーの中身が減る事は無く、ぎりぃっと眦を釣り上げると、テーブルの上を遠慮がちではあるが、ばんっと叩きつけた。 「大体それ何の話だよっ、相談か!?自惚れかっ!?」 どっちなんだい、と言わないだけマシだ。
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