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―――――と、まぁ、そんなチョロい帆高がとうとう引っ越しを決行したのはそこから二週間後。
その間、色々と大なり小なりと問題はあったのだが、一番衝撃的だったのは本当に律が帆高の両親に挨拶にやって来た事だ。
確かに家の住所は教えていた。
もしかしたらこれから必要かもしれないからと半ば押し切られた形で。
だからと言って本当に挨拶に来るとは思いもしなかった帆高は休日の朝電話を受けるとすぐに家の扉を勢いよく開けた。
こんな量産型住宅地に不釣り合いな美丈夫が一人、そこに―――。
畏まったスーツ等ではなかったものの、ワイシャツにチノパン、くすみカラーのカーディガン、そして落ち着いた髪色になって――。
手元には有名老舗店の豆大福を持参、大きく眼を見開き毛細血管まで惜しみなく晒す帆高を横目に、『親御さん、いる?』なんて首を傾げる律は何処からどう見ても爽やか系大学生。
「り、律さん、」
「何?おかしい?」
「いや、全然っ!!」
可笑しい訳が無い。
むしろ似合い過ぎて腰が抜けてしまいそうな勢いだ。
今迄の藤色した髪色もミステリアスで駄々洩れな色気が流れ弾として当たる、的なイメージがあり帆高の心臓を打ち抜いていたが、今の爽やか系ビジュアルも文句なしに良い。知的な雰囲気が強く、いつもの笑みも前よりも好青年味が強い。
営業マンだったら会社内で密かに帝王なんてあだ名が付きそうだ。
そんなゴーストタイプのポケモンが実は草タイプだった、くらいの振り幅はあったものの、見惚れる帆高の後ろから掛けられた声にはっと口元のヨダレを拭った。
「誰?お客さん?宗教関係なら断りなさいよ」
「あ、えっと、あの、」
「初めまして。吉木律と申します」
唐突なラスボスの出現に慌てて何から説明しようかと言い淀む帆高の隣をすっと流れる様な動きで通過、そしてさらりと髪を靡かせる律の笑顔が一般家庭のタイル張り玄関を一瞬にしてどこぞの宮殿の大理石ホールへと変化させた。
「今度帆高くんとルームシェアをさせて頂くのでご挨拶に。ご両親も誰と暮らすか分からないと不安でしょうから」
キラキラキラ
そんな擬音がぽろぽろと零れ落ちるのを見た気がする。
『これ宜しかったら。つまらないものですが』なんて老舗和菓子店のショップバッグを受け取る母も今まで見た事も無いくらいに眼を見開き、反射的に受け取っていたが、ようやっと乾燥している唇がぴくりと動いた。
「あ、あなたが神か…」
言うに事を欠いてやっと出て来た開口一番の台詞がこれだ。
宗教勧誘云々の話はどうした。
だが、次いでがばっと勢いよく櫛も居れていない髪を振り乱しながら深いお辞儀は残像すら見えない。
「こ、こちらこそ宜しくお願いいたしますっ!!!!!」
そしてそこからの展開も素早いものであった。
上がって、お茶でもっ!!!と家の中へと案内する母の眼はアイドルを前にした姿と同一。
はぁはぁと浅い呼吸をしながらも上下スウェットだった服をコンサート用ワンピースに着替え、義母専用高級茶と茶菓子を用意。
「律さんっておっしゃるのねっ!!本当に不出来な息子でご迷惑をお掛けしないといいんですけどぉ!」
いつもよりも一オクターブ高い声と記録に残さずとも記憶に残そうとしているのか、瞬きすらしないで律を見る眼が怖い。
「いえ、俺の方が強引に話を進めてしまったので申し訳ないです」
「大丈夫ですっ!!この世にイケメンが申し訳ないなんて罪悪感を持つ様な事案はありませんっ!!!!」
ふふっと笑う律にあああ…っと悶える母の姿はDVDを見ながら団扇を振る姿と一緒だ。
「寿命が延びた…!!!」
「ははは」
それを見て、帆高は思うのだ。
いや、改めて思い知ったと言うべきか。
(そっかー…俺って母親似だったんだ…)
何を今更と律は笑うだろう。
そうして、無事引っ越しを終えた、今日この日。
電化製品等の移動は無い。せいぜい帆高の服と私物程度の簡単なものだ。
けれど寝室はクローゼットが新しく用意され、本棚のようなチェストまで。だがそれ以上に眼を奪われたのは、前もデカいと思っていたベッドが更にグレードアップされたサイズになっていた事だろう。
「…何かデカくないっすか…」
「デカい方が都合いいだろ?」
何の?と聞かなかったのは正解かもしれない。
今更カマトトぶったところで可愛くとも何とも無い。
それよりも今日から今日から律と一緒に暮らす事の方が重要だ。
「帆高」
服等を全部片し、ほいほいと呼ばれるがままにリビングに戻れば、淹れたてのコーヒーを渡される。
真っ白のカップは律と揃いのもの。
正直恋人同士でお揃いの物を持つなんて意識の欠片も無かったが帆高の顔がぽやんと浮かんだ瞬間にお買い上げしていたのだから、恋わずらいとは嫁姑、男女の友情の有無に次ぐくらい、人類にとって永遠の課題だ。
「お疲れ。飯どうする?」
いくら早く済んだ引っ越しとは言っても既に夕方。気付けば腹が減っている事に気付いた帆高もそろりとその腹を撫でた。
別に疲れている訳ではないが、同棲初日。律とまったりしたいと思うのは贅沢ではない筈。
「家でゆっくりしたいなって思うんすけど…」
「いいよ」
律も同じ事を思ってくれているかどうかは定かでは無いが柔らかい笑みを返されると、満ち足りた気分になってしまう。
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