その衝撃は皿が割れるよりも

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「公文…?」 「公文です」 「関係者…?」 「いえ、全く…無関係ですね…」 どこぞの塾のイジリは幼少期より慣れたものである。最近では面倒だと思う事も多々あったが、ふふっと笑う律の姿に今日ほど己の苗字に感謝した事は無い。 再会出来て、会話も出来て、笑顔も見れる。 スゴイ、一生分の良い事を使ってしまった。もう明日くらいは車に撥ねられるかもしれない。 それくらいに多幸感溢れる帆高だが、どんどんと進む大海と大貫を見遣り、感じるのは違和感。 (………何だ、これ) 笑い合う目の前の彼等はまるで友人、兄弟のよう。 意味は違えど、きっと純粋な好意と好意を無意識に互いで感じ合い、壁を取っ払っている、きっとそんな感じなのだろう。傍から見て感じ取れる。 元々コミュ力が高いと言うのもあるのだろう。 その為か、大海は置いといて、大貫は若干人見知りの気がある帆高にとっても接し易い。 気を遣ってくれているのかもしれないが、こちらからも話しやすい空気が心地良いと感じる。だから大海も凄い勢いでどんどん惹かれているのだろうが、ふと横眼で見上げた先、律に感じるこの緊張感は何だ。 (なんつーか…) 薄いけれど、頑丈な、例えるならば防弾ガラスが一枚ずっとあるような、破れる事のないラップがぴんっと張ってあるみたいな、そんな感覚がまとわりつく。 尤もそれが居心地悪いのかと問われたら、答えは否だ。 「公文、って何か違うよなぁ…普通に帆高でいい?帆高くん?呼び捨てでもいい感じ?」 「全然いいっすよ」 むしろご褒美ですけど?何明日もしかして死ぬ? 歓喜は勿論、妙な興奮が昂らせてくれる。 「じゃ、帆高で」 「はい」 「俺も呼び捨てで律でいいけど」 「…………いや、流石に」 恐れ多い。 正直呼びたくないと思うくらいに申し訳なさの方が先に立つ。 「律、さんで、」 「そう?」 不思議そうに首を傾げる律に、引き攣りそうになるも、何とか笑顔を見せる帆高に声が届く。 「なぁ、先にこの先のアトラクション行こうぜー!」 パンフレットを指差し、そう声を上げる大海だが残念ながらこの位置からパンフレットは見えない。 「おう」 手を振り返事をすれば、律はじっと前の二人を見詰めていた。 「…行きましょうか、」 「アイツ、絶叫系好きだけど、大丈夫?」 「嫌いじゃないですね」 「そう」 眼を細める律に視線だけを返し、矢張り感じる違和感だが、気付かない振りをしたまま、帆高は足早に急いだ。 * 日が沈むまで、たっぷりと。 絶叫系で大海の真顔を拝み、お化け屋敷で腰の抜けた大海を背後で見学、観覧車に乗れば一点しか見詰めない大海を見遣り、名物である巨大迷路ではどこからともなく咽び泣く大海の声を聴いた。 何たる大海尽くしの一日だろうか。 律に会えた衝撃の次に、しつこく記憶にこびり付いてくれる。 大貫と言えば、そんな大海が大層面白かったようで、常に大口を開けて腹を抱えていた様だ。 「すげー楽しかったっ!また遊ぼうなっ」 何でも楽しんでくれる人で良かったと胸を撫で下ろしたのは大海だけはない。 「は、はいっ!大学入ったら、また遊んでくださいっ!お店にも行きますっ」 嬉しそうに笑う幼馴染に釣られて、こっそりと口角を上げる帆高もだ。 本当に今日は良かったと心から思う。 この突拍子も無く、考え無しの幼馴染だが、そのお陰で律にも会えた、この功績は今度昼飯でもご馳走してやりたいくらいだと思うくらい大きい。 大貫の隣でスマホを操作する律をチラっと見遣り、ふぅっと息を吐く。 いい思い出が出来た、十分だ。 この先こうやって会えたり、遊んだりなんて無いだろうが、この思い出だけでしばらくはどんぶり飯三杯は食べれる。 それに大貫の友人と言う事実は、もしかしたら近況を聞けたり出来るかもしれない。 (楽しみも出来たと) たまに大海に着いて大貫のバイト先へ行ってみよう。 心の中で膨らむ大学生活の期待にそんな事を勝手に練り込む帆高は『じゃ、またっ!』と頭を下げる大海と一緒に自分も頭を下げると踵を返した。 自己紹介の後、大海の世話が忙しく、名前を呼んで貰える機会は無かったものの、覚えてくれていたら嬉しい。当初の目的は達成出来た。 (よしよし) 「な、な、帆高っ、すっげー楽しかったよなっ」 「そうだな」 浮かれた風に帆高の腕に自分の手を回す大海は、本当に満足そうに眼を細める。 いつもだったらこんな風にスキンシップ等しない男だが、それくらい楽しかったのだと分かるその足取りは一日遊び尽くしたと思えないくらいに軽い。 「今度は二人で遊びに行きましょうって言えるくらい仲良くならないとなぁ」 「お前ってすげーアグレッシブだよな、マジで」 こんなに恋愛に対して積極的だったのかと知らない一面を見た気もするが、もしかしたら大貫相手だからだろうか。 「つか、一緒に居た人、すっげーイケメンだったな」 「そうだな」 「まぁ、大貫さんには敵わないけど」 「はは、お前にとったらそりゃそうだろうな」 段々と黒が帰路をグラデーションに染め上げ、白い息が笑う声と目立ち始める。 すぐに消えいくそれだが、幼馴染にとっても自分にとっても忘れられない一日となった事は消える事の無い事実だと言う事に帆高は、また息を吐き、冷えて来た指先をジャケットのポケットへと突っ込んだ。 カサリと指先に当たった何かに気づいたのはすぐの事だ。
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