ハンプティ・ダンプティは鍋の中

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ハンプティ・ダンプティは鍋の中

目が二つあって、鼻がひとつあって、口もひとつ。 皆が同じで、区別がつかない。 全部が同じに見える。 いつだったか、律がそう言ってくれた事がある。 自分に近づく人間に嫌気が差して、大貫以外全てが卵みたいなつるっとした表面にそれらがあるだけだった、と。 「帆高、こっち向けって」 「う、うぅ…っ、ん、あ、あ、」 まだ中にある質量を無視し、身体の向きを変えられると内壁を抉られるような感覚に力が抜けそうになる。 身体から力が抜けると身体全体で快感を拾うのが未だ慣れない帆高の眼からじわりと涙が溢れるも、それを見下ろし、口角を上げる律はうっとりと目を紅く染めた。 「可愛い」 半ば癖になっているようなこの言葉も慣れない。 嬉しいけれど照れ臭い。 それ以前に本当に可愛いと思っているのかどうかも怪しいものだがもしかして人と美的感覚が違うのでは?と疑念もある。 しかも、結構使い勝手がいいのか、本当に律はよく活用してくれるのだ。 「帆高、上に乗って。可愛く動いてよ」 可愛く動くとは? 跳ねろと言っているのか、それとも腰を振れと言っているのか。 でもそれ可愛いか? ぐぐぐぐっと唇を噛み締め、眦を釣り上げる帆高だが、何となくの自己解釈で挑み、結果、 「すげー可愛くて気持ちい、」 なんて、目元を染める律を見ると幸せに涙まで溢れるのだから、もう仕方が無い。 口寂しいとすら思える。 「キスしたい、」 「いいよ、可愛い」 「っもっと、」 「うん、舌出して、可愛い」 もう新種の語尾だーーー。 * 同棲も一ヶ月も経てば、それなりに耐性が付くかと思ったがまだまだ難しい。 起きた瞬間の寝起きの眼に飛び込む顔面の強さだとか、風呂上がりに惜しみなく裸体を晒す空間だったり、料理中に欲情したからとよく分からない理由を並べて下半身を押し付けられ、なし崩しにこちらもその気になってしまってからのお強請りになり、おかえりなさいと裸エプロンを見せられたりと。尤も裸エプロン云々は帆高の見間違えにもよるものだったのだが、玄関先で鼻血を垂れ流したのはまだ記憶に新しい。 何ともカッコ悪いばかりの自分を晒す羽目となってしまった事に若干の理不尽さを感じるものの、色々な律が見れる事に歓喜が上回る。 こんなに自分ばっかりの好きの感情が積もってばかりだと律も多少は重く感じるのではと心配にもなったが、バイトを辞める辞めないでちょっとした口論になった時、 『本当、惚れた弱みってのはずっとついて回るんだな。帆高からお願いされたら結局こっちが折れるんだよ』 なんて少しだけ顔を歪めた律からの告白に目尻どころか顔面が溶けそうなくらい全てが下がってしまった。 そんな生活を続けていれば勿論普段の生活からも締まりの無さが垣間見えると言うもので、学食内での昼食中、大海が訝しげに帆高を見遣る。 「つか、お前大丈夫か?」 「大丈夫、って何が?」 何か気になる事でもあるのだろうかと己の顔を触ってみるが特別気になるようなものは黒子くらいで他には指先にも引っかからない。 昼食のパスタのソースでも口元に着いているのかと拭いてみるもそうでもない。 「ルームシェア始めたんだろ?急でびっくりもしたけど、金もそうだし、何か悪い事してねーだろうなぁ。普段もぼーっとしてるかと思えば、変にテレテレしたり、かと思えば瞬時にすんっと真顔になったりさぁ」 「………」 それは明らかに変だ。 誰の眼から見ても変と言うか、不審者そのものだ。 350円の素うどんを啜る中、ネギが前歯にくっ付いている大海に言われるのも軽いショックとして付属してくる。 「ルームシェアしてる人間が厳しいとか、そういうのか?ちょっと心配になるわ」 「いや、そう言うのは、無いけど…」 当たり前だ。どちらかと言えば毎日が楽しい、律との生活が本当は夢なんじゃないかと壁に頭を打ちつけた事だって数回はある。 だが、この幼馴染が心配してくれている事は事実。 しばしパスタを巻き付けたフォークをくりくりと皿の上で遊ばせ、帆高はようやっと顔を上げると恐る恐ると口を開いた。 「あ、あのさ、俺のルームシェアの相手って律さん、でさ」 「りつ?誰それ?」 「大貫さんの友達だよ。遊びにも行っただろ、キャンプだって」 「あー…あぁ、吉木さんかぁ!イケメンのっ!お前のバイトも紹介してくれたって」 「そうそう」 割と好きな物しか眼に入らない大海からしてみれば、大好きな大貫の隣に居るイケメン友人的な立ち位置でしかないのであろう。 はいはい、と軽い返事をしつつも、 「そっかー。あの人って面倒見良いんだな。意外ー」 と、斜め上を見上げる。 「とは言っても、俺はあの人の事あんま知らないから何とも言えねーけど、女連れ込むとか無いのか?」 「まぁ…その、さ」 「うん?」 「俺等、実は付き合って、て、その、恋人ってやつ」 言ってしまった。 本当ならば幼馴染の恋をどう言う形であれ、結末を見届けてからこの事を伝えようと思ったのだが、心配してくれる大海を前に事実を言えない罪悪感の方が勝ってしまったらしい帆高はパスタへと向けていた視線をそろりと持ち上げる。 「ーーーーーへ、」 案の定間の抜けたように口をぽかんと開ける大海と目が合う。
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