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「――――…ま、マジ、で?」
「マジ、で」
うどんを食べる手を止め、帆高を凝視していた眼がゆっくりと右へと良かったかと思うと、次いで右、上、下、また右へ。そうして忙しなく動き出したそれに帆高の身体がびくっと大きく揺れた。
奇行が過ぎる。
「ま、マジかぁ…!!まさか、まさか、帆高に先越されるとか…ないわぁー!!!」
奇行を辞めたかと思えば、今度は机に突っ伏しがんがんっと箸を持つ手をしっかりと握りしめテーブルに叩きつける。辞めて欲しい、周りの視線がそろりと集中する。無駄に目立つのが羞恥プレイにもならない。
「大海…落ち着けって、」
「いつから?」
「は、?」
「いつから付き合ってんの!?」
じっとりと睨み付けるように再びうどんと向き合う大海からの問いに一瞬戸惑う帆高だが、溜め息ひとつ零すとゆっくりと経緯を語り始めた。
勿論詳細は省いて。
一目惚れからの友人として付き合い、その後流れで、と簡易的な説明ではあるものの、一応納得してくれたらしい大海はふむっと大きく頷くと器に残っていたスープを一気に飲み干した。
「いいなぁ、何それ。羨ましぃー」
「ま、まぁ…あんだけの美形だしな。正直勿体無いねーよなぁとか思ってるし」
「違うわ、好きな人とラブラブになれるってのが羨ましいんだわっ!俺だって結構アピールしてんだぞ、ボディタッチだってさり気なく出来るモテ系から最近ちょっぴり大胆な俺にシフトチェンジしたのに気付かれもしないんだぞっ、好きな人と気持ちが通じ合えるってのが凄い事なんだよ、奇跡なんだよっ」
「あぁ…そう、だよな、うん」
ぺしぺしとテーブルを叩きながら力強く力説する大海の頬がぷくりと膨らむ姿に苦笑いしか出てこない。
「吉木さんねぇ、あの人って結構モテ男でより取り見取りって感じだったけど、趣味は良さそうだな」
「……いや、あの人ちょっと美的センスズレてんのかな、って思ってんだよな」
「はぁ?顔が良い分そんな見えないところが欠落してんの?何、例えば花瓶が手の形してるとか?」
荒ぶりも治ったのか、ずずずずずずずずっと無料の緑茶を啜った大海が深く息を吐く。
「そうじゃなくて…その、」
「テーブルが人間が四つん這いしてるやつとか?」
それは美的センス云々の前に人間性からして合わない部分だ。
「ちげーわ。…あの人、俺見て可愛い、って言うんだよな…」
ーーーーケッ!!!!!!
波動でテーブルを撃ち抜くのではと思わんばかりに吐き捨てられた舌打ち混じりの悪態は帆高の前髪を持ち上げる。
「何それ自慢かよぉ、ああ゛あ゛ん?どんな惚気話だよ、今の俺にさぁ!!」
「馬鹿、惚気じゃねーだろ、俺だぞ、俺!よく見ろって俺の顔がどんだけの偏差値持ってるかくらいは自覚してんだよ、こっちだって」
「確かに」
急な真顔で肯定を口にする幼馴染。普段ならばそのまま横っ面を張り倒しているところだが、『だろ?』と大きく頷く帆高はまた眉を顰めて自分の口元へと指を当てた。
矢張り自分の眼はおかしくは無い。
身長もガタイもそれなりにあって、顔だって秀でた部分は何処にも無い。睫毛だって長くもなければ量もある訳では無い、唇だってたまにガサガサの時だってある。
けれど律が折角可愛いと言ってくれているのだ。照れ臭さは尋常ではないが、否定はしたくない。
人間、誰しもが一つや二つ欠点はあるものだ。特に律なんていくつも神から与えられているのだから、美的感覚くらい少しはトチ狂っていても可笑しくは、
「でもさ、吉木さんてすげーお前の事好きなんだな。よく分かったわ」
「………あ?」
「誰から見ても綺麗、可愛いって言われる奴はやっぱ可愛いし、綺麗なんだろうけど、普通のやつって可愛いなんて言ってくれるの親くらいじゃん?それでも可愛いって言ってくれる他人なんて本当に好きじゃないと思わないし、言わないだろ」
「ホストだって言えるだろ」
「そりゃ金貰うんだから夢くらいやるだろうよ。ミ○キー然り。けどお前に言って利便性とか、何の得があんの、吉木さんに」
そう言われてみれば、そうだ。
金も無い、ただの大学生。特別将来性がある訳でも無い。便利な道具が出せる青い猫型ロボットになれる訳も無い。
「それにさ、俺はあの人イケメンだぁー、って思うけど可愛いとは思わないんだよね。人となりを知らないからかもしれんけど。でもお前だって思うんじゃね?可愛いーって」
ーーーーー成程。
可愛い、と思う事は度々ある。何なら毎日思っている。
ああああああっと腰砕けになるくらい悶える事だって。
「そ、っか、そう、だな」
言葉にしてもらえば驚くほどストンっとまさに腑に落ちた、と言うか腑が落ちてきた、みたいなこの感覚。
(こんな俺が可愛いって思えるほど、好きで居てくれるって事かぁー…)
ふにゃりと口が開きそうになるが流石にこんな締まりの無い顔を見せる訳にはいかないと表情筋に力を入れる帆高だがどうしても頬が引き攣ってしまう。
まだまだ付き合い立て。
幸福感絶好調なのは当たり前の事なのかもしれないが、色々と初心にも戻れたようだ。
(やっぱ好きー…って、な)
ふっと肩の力を抜き、ちょっぴりセンチメンタルな気分になった帆高はフォークに絡めたパスタを口へと運んだ。
「あー…大貫さんも可愛い時あるもんなぁ。いいなぁ、俺も早く可愛く泣かせてみたいなぁ」
ーーーーーぶっ!!!!!!!
リリースされたパスタが宙を飛ぶ。
え?
お前、そっち、側だったの?
そう言わんばかりの唖然とした帆高の口元からはパスタが一本垂れたままだ。
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