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今日はバイトも休みと言うのもあり、久しぶりに大海に連れられてやって来たのは大貫のバイト先。
「よう、いらっしゃい」
「こんにちはぁ!」
にっこにっこと我が物顔でカウンターへと座る大海に無い筈の尻尾が見える。友人ではあるものの、露骨な好意アピールに健気で何ともいじらしく感じてしまうのだから贔屓目とは恐ろしいものだ。
「こんにちは」
「お、おぅ、公文…元気、そう、だな…」
こちらも上から下まで確認するように視線を動かす大貫は根っからの正直者なのだろう。
自分達の関係は大貫には告げてある、と律から伝えられてはいたが、両者ともに一瞬気まずい雰囲気が流れてしまうのも仕方が無い。
秋の新メニューだというドリンクに大海はパンケーキも追加。
今度は此処に行きましょうと大貫へと誘いを掛ければ、笑顔で応じる大貫は相変わらず人好きする笑顔は健在で隣で見ている分にも微笑ましい。
「公文もどうだ?」
ついでにこちらにもお誘いしてくれるあたり、人の良さも変わりは無い。
尤も、人の恋路を邪魔して馬に蹴られるような趣味も無い帆高が首を降るのは当たり前の事で、その答えも想像していたのか、
「そうか。じゃまた今度秋キャンプでもしようぜ」
と当たり障りない笑みを返す大貫に安堵の息を吐いた。
そこからも他愛無い二人の会話に時折相槌を打つ事数分。
「あ、やべ。母ちゃんから電話っ」
慌てた様に震え始めたスマホを掴み、バタバタと外へと出て行く大海を見送る帆高だが、ふいに見上げた先の大貫と眼が合う。
「あの、さ、」
「ーーはい」
何となく先ほどから気付いていた視線。
何か言いたい事があるのだろうかと思っていたが大海が席を外したタイミングにようやっと帆高へと声を掛けたらしい大貫は少しだけ頬を染めて自分の頬を掻いた。
「律の、事なんだけどさ」
「はい」
そうだろうとは思っていたが、いざ話を切り出されるとぴんっと背筋が伸びてしまうのは何故だろうか。
少し緊張した面持ちできゅっと唇を結ぶ帆高の喉も上下に動く。
「その、律って結構掴みにくいだろ」
「え、あー…そう、っすかね…?」
「何つーか…、その、何考えてるか分かんねーしさ」
「あぁ、そうーっすね…」
どうも緊張するような話では無いようだ。もしかして男同士で恋愛なんて大丈夫か、くらいの事を言われるのかと思ったが大貫もおおらかな性格の通り、そう言う偏見は無いらしい。
「意外と皮肉屋だし、口も悪いしさ」
「はは、それは確かに」
砕けた様に笑う帆高に、お、っと眼を見張る大貫がカウンター越しに身を乗り出す。
しっかりとした上腕二頭筋はあまり興味が無い人間でさえメジャーを回したくなるくらいに立派なそれ。
「あのさ、何か悩みとか出てきたら遠慮無く言えよ」
「え、ありがとうございますっ」
「マジでアイツたまに言葉足らずだし、やっぱ恋人としてはヤキモキする事もあるだろうからさ」
「ヤキモキ…」
「その、律さ、アイツまじでお前の事本気らしいんだよ…だから、その、出来るだけ長いお付き合いと言うか、末長くと言うか、」
(あぁ、なるほど)
ぱちっと帆高の大きくも無い眼がほんの少しだけ見開かれる。
(この人、律さんの事大事に思ってんだなー…)
その感情は友情から来ているのだろうが、その真剣な表情が物語るのは、勿論相談に乗ると言うのは前提に、背景には律の存在が大きくあるように思える。
「アイツ、ああ言う見た目じゃん?だからこの先だって絶対に面倒な事とかあると思うんだよ。例えば、その、菜穂ちゃん、みたいな…。あ、菜穂ちゃんって言うのは、」
「大丈夫っすよ、知ってます」
苦笑いに似た笑みを浮かべる帆高に、そうか…っと小さく呟く大貫だが、またすぐにきっと顔を上げた。
「と、兎に角、一緒に居たいって思う間は、宜しく頼むな!!」
顔を始め、綺麗な筋肉が覆う首から鎖骨辺りまでが鮮やかな赤だ。
「アイツも、絶対にお前の事守ろうとする筈だから、でも、どうしても言い難い事は俺も全然聞くからっ」
あまりこんな他人の色恋に慣れていないのか、不安そうに眉根を寄せ、辿々しさの残る物言いだが言葉の強さは感じる。
学生時代からの付き合いだと言っていただけに、律の女性遍歴も近くで見て来た筈だ。そんな彼が自信を持って律は帆高を大事にしているのだと断言している。
「ーーありがとうございます、その際は是非お願いします」
だったら自分は受け入れるのみ。
「おう、愚痴とかでもいいからな!」
そうして、帆高も思うのだ。
あの人の周りは優しい人間ばかりで良かった。そして帆高の周りも。
だから、律もあんなに優しい人になれたのかもしれないと思えば感謝しかない。
不思議に満たされる気持ちは律への想いとは違うものだが、確かにそこにある。
家族以外の他人にも何かしらの有り難みを感じる事が出来る自分は、矢張り結構な幸せ者なのだ。
「と、言う訳で連絡先交換しとくかっ」
「……あー…」
ふっとよぎった幼馴染の顔だが、ここで断る訳にもいかないと帆高の決意はスマホの中に記録される事となったのだが、後日厚みのあるその肩に指が食い込み沈む程の力を込められ、
『何でお前の名前が帆高のスマホにあるんだよ…』
なんて、背後から問いかけてくる律の襲来を知らない大貫は呑気にへらりと笑った。
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