ハンプティ・ダンプティは鍋の中

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気怠い身体でベッドの上でごろっとするのは嫌いじゃない。 数分前まで脳が揺れ視界がブレる程に動かされていた為か、このまったりとした時間が癒される。 隣にある体温があると、もっと良い。 涙が出そうになるくらいに密な多幸感がぐっと押し寄せるというか、息がし辛くなるのに、心地良いと思う。 見上げた先に身体を起こし、スマホを弄る姿を見るのも好きだ。 「ねぇ、ハンプティダンプティって知ってる?」 パンプキンのダンプカー?親戚みたいなもんすか? ぼんやりとする頭でふるふるっと首を振れば、造り物のような眼がふっと細く三日月を模る。 「不思議の国のアリスに出てくる登場人物でさ」 「不思議の国のアリス…あぁ…」 喉の違和感の通りがっさがさの声が情事を物語り、何とも気恥ずかしい。 「こんな卵の形したやつなんだけど」 ふんふんと頷き、寝返りをうつ帆高の眼に形の良い指が宙にくるりと楕円を描くのが映る。 そう言えば、昔見た事がある。 映画だったのか白黒の実写のそれ。 ながら見だったけれど、白黒の世界故か、子供心に精神的に不安定さを持たせる不気味さを感じつつもそれが癖になるというか、変にノスタルジックな雰囲気にも魅了され、最後まで視聴したと段々思い出す。 「塀の上にいたやつ…」 「多分、それ」 室内に響く笑う声。 そう言えば今は何時だろうか。カーテンの閉まっている窓からは時間の判別が付かない。壁に掛かっている時計やスマホを見ればいいのだろうが億劫さが勝ってしまう。 まだ朝と言う事は無いだろうが、時間の感覚が分からないなんて、どんだけセックスに溺れていたんだと笑われる案件かもしれない。 「あいつさ、相貌失認とか一部では言われてて」 「そー…ぼ、う?」 「相貌失認。眼とか口とかは判断できてもそれを顔として認識できない、人の顔が判断できないって言う病気」 「へー…」 額に掛かる前髪を撫でる律の指が気持ち良い。 うっとりと眼を細めてしまえば、そのまま寝てしまいそうだ。 「だからさ、ハンプティダンプティに勝手に親近感持ってたんだけどさ、」 「…何で?」 あんな卵から手足だけが生えただけの、五分で仕上げた小学生の夏休みの工作のような物体なのに。 はて?っと思いつつも、頭が回らない。 「俺も、人の顔なんて全部同じように見えたって言ったろ。けどさ、」 「うん、」 頬も撫でられ無意識に指を追うように顔を擦り付けると、また笑う声が聞こえるも何処か遠い。 「今は全然そんな事ねーけど…たまに怖くなった時があって」 「怖い…?」 「また、そうなったら俺はお前の顔をしっかりと判断できんのか、って。つまりは自分の事も信用出来ないっつーかさ」 瞼が重い。 小刻みに繰り返される瞬きの間に見える律は不安そうでもなければ、苦悩に満ちた表情をしている訳ではない。 それどころか、涼し気にふふっと口角を上げるとその怖いくらいに綺麗な顔。 「でもさ、どんだけ人が多いところでも遠い場所に居ても、俺帆高なら見つけ出せそうな気がするわ」 ――凄い事を、言われた気がする。 何か返したい、言葉を掛けたいと思うが優しい手付きに瞼が仕事を放棄する。 せめてもと重い腕を持ち上げ、その手に自分の手を重ねると、帆高はほんの少しだけ唇を開いた。 大丈夫、そう伝えたいけれど、彼には聞こえただろうか。 穏やかな声だった。 優しい眼だった。 やっぱり、泣きたいと思ったのは律に対する溢れんばかりの気持ちを持て余しているからだろうか。 * 夢だったのか…? とも思ったが、あの夜の事は夢では無いようで朝になり目覚めた帆高の手はしっかりと律の手を掴んだままだった。 (俺やっぱ、あのまま寝たんだな) 空いている方の手でぼりぼりと頭を掻き、珍しく帆高よりも寝入っている律を見下ろすとその顔をマジマジと見詰める。 透明度が高いと言う表現であっているかは分からないが肌理細かい肌と薄桃色した唇は壊れ物かの様に触れるのも躊躇われる。 長い睫毛に掛かる前髪も染め直したままの落ち着いたダークグレー色。 何でも似合う男だ。 藤色した髪も人間離れしたイメージだったけれど、これはこれで上品な顔立ちを更に引き立たせているよう。 これだけ美形な男ならば怖い物なんて無い筈。 と、言うのは平凡な平たい顔代表の浅はかな思考だったのだろう。 『今は全然そんな事ねーけど…たまに怖くなった時があって』 『また、そうなったら俺はお前の顔をしっかりと判断できんのか、って。つまりは自分の事も信用出来ないっつーかさ』 そっとその寝顔に唇を近づけてみる。 濃くなる香りに煽られ、昂る気持ちに律の頬へ自分の頬を擦り寄せた。 「…でも、俺を見つけてくれるんだよな、あんたは…」 最大級の愛の表現だと帆高は思う。 でも、それに対して自分はどんな返しをしてやれるだろうか。 信頼?安心感?平穏な時間? 口元の黒子を撫でる事数分。 ベッド脇にあるスマホで検索する事十数秒。 ふむっと小さく頷くと静かにベッドを降りた帆高は着替えを済ませると腰を押さえつつ、またゆっくりと寝室の扉を開いた。
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