ハンプティ・ダンプティは鍋の中

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米を炊いて、ほかほかの握り飯は二個ずつ。 中に梅干しだの昆布だの入れれるくらいの器用さが無いのは残念ポイントだが海苔を巻いたのだから1ポイントは欲しいところ。 味噌汁は定番の豆腐とワカメ。 いりこで出汁を取るのはまだ苦手な為、顆粒出汁の素が非常に有難い。 ちょっと味見と掬い上げたオタマに切り損ねたロングなワカメが付いてきたのは見ていない事にしよう。 昨日購入したきんぴらごぼうは少量ずつ小皿へ。 そうしている間にガチャっと扉の開く音が聞こえ、少しだけ不機嫌そうな律が髪を掻き上げながら姿を見せた。 「おはようございます」 「おはよ…つか、俺寝過ぎたんだな…」 「いや、今日は休みだし全然良いですよっ」 「俺が嫌なんだよ…起きて帆高が居ないとか最悪過ぎる」 そりゃ申し訳ない。 顔を洗って再びリビングに戻って来た律からのキスを受けるとテーブルへと促し、いつものコーヒーを渡す。 和食にコーヒーは合わないだろうが、彼のルーティーンを無視はしたくない。 「朝飯…作ったんだな。悪い…」 「全然。気にしないでください、それであの、俺後で買い物に行きたいな、って」 テーブルへと出来たものを並べ、自分もいそいそと椅子に座ると律がちらりと視線だけを寄こす。 「何か足りなかった?」 「食材とか、ちょっと、」 「俺も行く」 「律さんは洗濯をお願いしたいな、と思いまして」 「えー…」 露骨に嫌な顔を見せる律は二人で居れる時間に帆高が一人で行動するのを極端に嫌うのは知っている。だが、『お目当て』の物が無い事に気づいた帆高も此処は譲れない。 「早いとこ色々済ませて、で、俺が昼飯も作りたいんです、そっから午後は、そう、だな…その、いちゃいちゃ、する、とかー…」 駄目もとで目の前にニンジンを釣る作戦でお伺いを立てれば、 「ーーー分かった」 「……わーい」 意外とあっさりとした了承の返事をする律も大概チョロい。 少し大きめの鍋にたっぷりの水と塩を少々。 火にかけて買って来たばかりの卵を投入。 お目当てだったもの。 「何作ってんの?」 背後から帆高の腹へと手を回し、肩に顎を乗せる律の髪がさらりと首筋に当たる。 「サンドイッチを作ろうかと…」 「もしかして昼飯?」 「そうっすね。本当は朝飯で作ろうと思ってたんですけど、卵無くて…」 「ふぅん」 少し湯が沸騰して来たところで卵を箸で転がす。 「玉子サンド?」 「初めて作るんで大目に見て下さいよ」 「帆高が食べさせてくれるなら失敗してもいいけど?」 本当に甘えただ。 ちゅっと首筋に唇を当ててくる律に苦笑いをしつつ、見遣る先は鍋の中でコロコロと転がる卵。 「律さん、」 「何?」 「ハンプティダンプティの正体は卵なんすよ」 「ーーは…?」 「ついでに危ういとか言う意味もあるんだとか」 ふんっと鼻息荒く、どうだと言わんばかりに律を見上げる帆高にくりっと動く律の眼に戸惑いが浮かぶ。 「何、どう言う事?」 まさかハンプティダンプティが卵だったなんて…!と、言う意味合いでの問い掛けでは無い。 帆高の言わんとする事が理解出来ない。 首を傾げる律だが、目の前の恋人は若干眼を逸らしながら、ぎこちなく口角を上げた。 「律さんが怖いって思ったら、こうして茹でて食べようって話ですよ」 「…昨日の話覚えてたんだ」 溜め息混じりの感嘆にも似た声は少し気まずそうにも聞こえる。もしかしたらあれは独り言の延長線のようなものだったのかもしれない。寝入る前の帆高なら忘れてくれるかも、と。 でも、聞いてしまったのだから仕方ない。 「律さんは俺を探し当ててくれるかもしれないけど、だったら俺は律さんの不安を食べてしまおうと言う、事で、」 「…どう言う事?」 少しだけ照れ臭い。 こんな事馬鹿げていると第三者の立場であれば自分自身そう思ってしまう行動かもしれない。 本当にそんな症状に悩まされている人間からしてみれば素人の浅はかで安易な考えに眉を顰めるかもしれない。 けれど、何もしないよりはマシだ。 大体自分が思っているのは律だけ。この際他人なんて関係は無い。 自己満足ですけど、何か? ごもっとも、上等だ。 「…俺は、ずっと律さんと居たいと思ってるんで、」 「……うん」 煮立つ鍋の中でコロコロと卵が踊る。 「律さんが俺を探す前にハンプティダンプティを茹でて食べて、あんたの手を握りますよ」 「…すごいね、お前」 真っ赤な帆高の首越しに見える鍋。 「帆高」 「は、い」 「俺さ、結構嫉妬深いし、束縛も…キツいのするかも」 でしょうね、とは言えない。 「まじでこれが恋ってやつなんだろうな」 「あ?」 「約束、守れよ。それ食ったら午後からいちゃいちゃだろ?」 「も、勿論っすよ」 こつんと首筋に当たる律の額。 甘えているみたいな仕草に不意打ちきゅんがスキップしてやってくる。 約束だとか、絶対になんて言葉は現実には無理だろうけれど、出来ないなんて事は言いたくない。 「律さんは卵はマヨとあえる派ですか?それとも輪切り?」 「潰すのが良い」 「オッケーですっ」 でも、何となく大丈夫だと胸を張れる自信はある。 「帆高、」 「はい」 「不安を食べるとか、中々サイコだよな」 「…律さんのだからっすよ」 卵を茹でる役目は自分だけだ。 「はは、ずっと?」 「勿論です」 コツコツと歌うハンプティダンプティは鍋の中。 サンドイッチは結局帆高の手から食べさせてもらう事となる。 終
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