扉は開けるもの

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扉は開けるもの

さて、どうしようか。 大貫と大海、そして律と共にテーマパークへ行った帰り道。 帆高のジャケットのポケットにあったのは、一枚の紙切れであった。それはパークのチケットの半券。 家に帰り、早速何だこれと裏まで見れば、そこには【律】と名前があり、並んだ11桁の数字に帆高の眼がぐりっと大きく動いた。 所謂、これは、 (スマホの…番号?) 気付いてしまえば、浮かぶ宇宙の背景。 (…え、何で?マジで?) 時計を確認すれば、19時になろうとしている。 これは一体どう言う意味だ、電話をしろと言っているのか、それとも連絡先をただ教えてくれただけなのか、社交辞令としてなのか、仲良くなろうと言ってくれているのか。 思い付く限りの憶測が脳内を埋め尽くす中、震える手でそれを見詰める帆高はごくりと生唾を飲み込む。 どういう意図があって、自分に連絡先を教えてくれたかは分からないが、公にこれを渡さなかった事にはそれ相応の意味があるのだろう。 (何か、言い辛い事がある、とか…) 口元の黒子を撫でながら、しばし考える事五分ほど。 母親から『さっさと風呂入りなさい』と声を掛けられ、取り合えず一度落ち着くべく、風呂へと入るも気になって結局烏の行水で終わってしまった。 そして、冒頭へと戻る。 スマホと番号の書かれた紙を握りしめ、睨めっこする事既に数時間。 22時と言う時間帯に、流石に今からは連絡出来ないと仕方なしに帆高は番号を入力すると新規保存のボタンを押した。 卒業式まで学校は休み。 明日、昼までに覚悟を決め電話をしてみるかとベッドに潜り込み、想像以上に疲労していたのか、重くなる瞼を意識しながらも段々と消えていくそれに帆高も抗う事は無い―――。 * 次の日、パートに行く前に作ってくれたチーズが挟まれただけのサンドイッチを牛乳で流し込み、自室のベッドでふんっと気合を入れた帆高がスマホを耳に当てている。 数回の呼び出し音と一緒に心臓が激しく波打つのを感じ、緊張もピークを迎えた頃、 『…誰?』 恐ろしく低い声が耳に入り込み、下から上へ鳥肌がぞわぞわっと肌を覆う。 決して恐怖からのそれでは無い。 地を這う様な低い声でもあの端正な顔立ちに合い過ぎる。 そんな事を瞬時に真顔で思った為だ。 しかし、今はそれどころではない。 無言でその声音を噛み締めるだけに没頭してしまえば、それはただの嫌がらせ電話だ。 「あ、の、公文です、急にすみません」 早口に自分の名前を告げ、誰も居ないベッドの壁に向かい頭を下げる帆高に『あぁ…』っと少し声音が上がる。 『帆高?』 自分の名前がとんでもなく高貴な名前のようだ。 呼んで貰う人によってここまで感じ方が違うとは、十八年生きて来て初めて知った新事実。 増えた雑学はこの先クソのほどにも役には経たないだろうが、帆高にとっては大事な知識のひとつとなった。 「そう、です、連絡が遅くなってすみません」 『本当だよ、おせぇよ』 意外と口が悪いのも良いと思います。 誰からも求められていない感想をぎゅうっと口内で潰し、帆高はそろりとスマホを握り直した。 「あの、で、えっと、俺に連絡先を教えてくれたのは、律さん本人でいいんですかね…」 『むしろ俺じゃなかったら怖くない?』 ごもっとも。 そうですねー…っと呟く帆高だが、 「…じゃ、何か聞きたい事、でも?」 失礼の無いよう低姿勢からのお伺い。 けれど、一番気になる事、だ。 『まぁ…じゃ、単刀直入に聞くけどさ』 「は、い」 やっぱりだ。 独り言ちる帆高に違った意味で緊張が走る。 何か言いたい事があるのだと、 『この間の帆高の幼馴染って、大貫の事狙ってる?』 「―――え、」 『だから、アイツって男が好きで大貫の事が好きなのかな、って』 予想外の質問だと反射的に口元を押さえてしまった帆高の態度を電話の向こう側でどう捉えたかは分からないが、声音も雰囲気も変わっていないように感じる。 この場合どう答えたらいいのか、どう答えるのがいいのか、正解なんてきっと無いのだ。 だったら、 「そう、ですね」 『あ、普通に答えるんだ』 そう、素直に答えるのみ。 ここで変に誤魔化して不信感を持たれた上に、大貫に余計な事を言われたくはない。今はまだ大海のペースで進んで欲しいのだ。思いを告げるも告げないもあの男次第だがそれに対して先入観を持って欲しくは無い。 「けど、今どうこうとか考えてなくて、憧れに毛が生えた程度だと思うんで、大貫さんには何も言わないで、ちょっと見守って貰えたら嬉しいんですけど」 故にここはきちんと律にも知っていてもらった方がいいだろう。 淡々とした声音ではあるが、はっきりとした口調でそう告げる帆高の心臓はいつの間にか平穏な音に戻っている。 『見守るねぇ…』 律自身はどうお思っているかは定かでは無いものの、もしかして男同士に偏見でもあるのではと一抹の不安がじわりと浮かぶが、 『まぁ、だったらいいや』 「…あ、そう、っすか」 あっさりとした返事に帆高の方が肩から力が抜けてしまった。 『アイツ、全然女っ気どころか、恋愛云々に縁が無くてさ」 「…はあ」 律の続く言葉を待つ。
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