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「……もう、ワンピース、直さなくちゃ」
腕の中で、小さく響く鼻声。
「もう僕は、ワンピースは着ませんよ」
「え?」
「あなたの着せ替え人形のふりは、もうしません。それじゃ、あなたを守れなかったから」
「……守られたくなかったの。妹みたいな可愛い弟のままで、いてほしかった。弟だと、思えなくなる日が、怖かった、から」
涙ぐむ『姉』だった女性と店内に入ると、どこまでも深く澄みきった夏空を切り取ったようなワンピースが目に入る。
その襟元に掛けられていた、日焼けした『非売品』という札。
目に優しいクラフト紙の、亜麻色のカードに書かれた、見覚えのある丁寧な文字も、すっかり色褪せて。
「これは、売らないんですか?」
「ええ。……欲しいの?」
「はい。僕のために、作ってくれたんでしょう?」
「……それが、約束、だったから。たとえ、果たせないと分かっていても」
「これを、僕の愛する人に、着せたいんです」
一瞬、傷付いたように見開かれる目元。
「きっと、あなたに似合うと思うんですよ」
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