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 「ルクレツィア様、こちらの髪飾りはいかがでしょう?」  年若い侍女が、鏡の前に座るルクレツィアに差し出したのは、紫色の上質なビロード生地が張られたジュエリーケース。  その中には、白銀の型に虹色に光る白蝶貝をはめ込み、中央に大粒のオパールをあしらった髪飾りが収められていた。  この見事な品は、半年ほど前のルクレツィアの十八歳の誕生日に贈られたもの。贈り主はこのエルドラ王国の第二王子シルヴィオ殿下。ルクレツィアの婚約者だ。  「ではイヤリングとネックレスの石も合わせた方がいいかしら?それならこちらのオパールチェーンのネックレスに、揃いのイヤリングで決まりですわ!」  名案だとばかりに声を弾ませたのはもう一人の侍女。彼女は鏡の横に置かれたテーブルの上に所狭しと並べられたケースの中から、一際大きなものを持ってきた。  繊細なオパールチェーンの束を中央でまとめるのは、これまた大粒のオパール。イヤリングも他の二つに引けを取らない大きさだ。ちなみにこれもシルヴィオからの贈り物である。  「……でも、お嬢様はこんなにお美しいのだから、たまには違う色合いで装われた姿も見てみたいですわ」  ルクレツィアからネックレスに視線を移した侍女は、つまらなそうに表情を曇らせた。  「ふふ、そんなことを言ったら罰が当たってしまうわ。せっかくシルヴィオ殿下が選んでくださったのだから」  ルクレツィアが優しく窘めると、彼女は少しだけバツが悪そうな顔をしたが、すぐ笑顔が戻った。それを見てルクレツィアも微笑む。これがいつもの流れだ。  侍女がこんな愚痴を漏らすのは今に始まったことではない。  なぜかというと、それはシルヴィオがルクレツィアにオパールばかり贈るからだ。理由は二つ。一つ目は、オパールの石言葉が【純真無垢】で、ルクレツィアにぴったりだから。二つ目は、ルクレツィアの滑らかな白磁の肌に、濃い色の宝石が似合わないのだとか。宝石だけではない。これまでに彼から贈られたドレスの生地も、白や淡いベージュばかり。  おかげでルクレツィア自身も自然とそのような色のものばかり揃えるようになってしまい、クローゼットは見事乳白色に染まった。  なので、美しい主を着飾らせることに最上の喜びを見出している侍女たちにとっては刺激がないというか、つまらなくてしょうがないのだ。  確かに同じ年頃の女性たちは、夜会のたびにドレスや宝石の色合わせを楽しんでいた。けれどそんなことはルクレツィアにとってはどうでもよかった。  大切なのはこの身にまとっているのがシルヴィオの選んでくれたものだということ。それを身に着けるのは、ルクレツィアにとって彼の愛を受けるのと同じ意味を持っているのだ。    「さあ、あなたたち!早くしないと間に合いませんよ!」  パンパン、と手を鳴らして支度の続きを促すのは侍女長のマグダ。  年嵩の彼女は、この若い侍女たちをまるで自身の娘のように、愛を持って躾けてくれている。  「うふふ、ありがとうマグダ。みんなも、今日はお茶に誘われただけなのだから、そんなに気合いを入れなくても大丈夫よ」  ルクレツィアの元にシルヴィオからお茶の招待状が届いたのは二日前のこと。  そこに記されていたのは日時と、“話したいことがある”という一文だった。  「ですが、“話したいことがある”なんて、きっと結婚式の日取りについてですわ!」  侍女たちは再びきゃあきゃあと騒ぎ出す。  「そんな……まだ第一王子殿下も身を固められていないのに、私たちの方が先に結婚だなんてありえないわ」  今年二十一歳のシルヴィオには、四歳年上の兄王太子カリストと、五歳年下の弟第三王子アンジェロがいる。  ちなみに二人とも婚約者がいない。十六歳のアンジェロはともかくとして、二十四のカリストにいないのはルクレツィアも不思議だった。  シルヴィオ曰く、カリストは婚約の話が持ち上がるたび、すぐに断ってしまうのだそう。相手の絵姿すら見ない徹底ぶりなのだとか。これには国王夫妻も頭を抱えているそうだ。  (きっとお二人とも、まだ運命の人に出会われていないだけよ)  そう、ルクレツィアとシルヴィオのように。出会ってしまえばたちまち磁石のように惹かれ合うはず。  「マグダ、口紅はあなたが引いてくれる?」  「かしこまりました。今日はこちらにいたしましょうね」  そう言ってマグダが取り出したのは、いつもより少しだけ赤みの強い口紅だった。  「少し派手じゃない?」  「今のお嬢様に、きっとお似合いになります」  なんだか、大人になったと言われているようで嬉しかった。  「ありがとう、マグダ」  いつもと違う紅を差したルクレツィアの顔は、もう少女のそれではなかった。      
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