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25
とてつもなく気は進まないのだが、屋敷の中をこうしてうろついている以上会わねばなるまい。どのみち玄関ホールを通らなければ自室にはたどり着けないのだ。
はしたなくも夜着にガウン姿だけど、あちらだって突然の訪問だ。そこは許していただこう。
ガウンの胸元を重ね直し、腰紐をしっかりと結んで部屋を出る。
ホールに出ると、そこにはルクレツィアもよく知る人物が。
「まあ、ダンテ卿。ご使者とは、ダンテ卿のことでしたか」
ダンテはアンジェロの近習だ。白髪交じりの頭髪と髭が目印で、体躯のいい彼は王宮の近衛騎士団からアンジェロの元へと引き抜かれた過去がある。
カリストとシルヴィオの近習であるオリンドとリエトもそうだが、いざという時は主を守らなければならないため、皆武芸に精通しているのだ。
それにしてもそんな大事な人材を贈り物を届けるためだけに使いによこすなんて。これもルクレツィアがそれだけ大切な存在なのだというアピールの一貫なのだろうか。
彼らがこのような目的で動いたとあれば、それだけ周囲も注目する。
執事を待っていたのだろうダンテはガウンを羽織ったルクレツィアを見るなり頬をポッと染め、まるで見てはいけないものを見てしまったかのようにぐいんと首を反対方向に回した。
「こ、こ、こ、これは大変失礼を……!」
「いいえ、失礼なのは私の方です。こんな格好でごめんなさい。でもガウンを着てますからどうぞお気になさらずに」
「いえ!万が一このようなお姿を拝見してしまったことが殿下に知れたら、ひと月はへそを曲げられてしまいます!!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟などではありません!!ルクレツィア様が王宮に来るたびに講義を抜け出し、柱の陰に隠れて盗み見をしていたほどです!あの頃の殿下はルクレツィア様のお姿を一瞬でも見逃さないよう、目蓋を閉じないための鍛錬を毎日積んでおられました!!」
「あ……」
目が血走っていたのは、ルクレツィアを見るために瞬きをしなかったからだという母の言い分は正しかったのか。
ということは……童貞小僧という衝撃の発言もおそらく当たっているのだろう。
清い身体でルクレツィアだけを想ってくれていたという時点で、シルヴィオよりはずっと……いや、遥かにいい。目蓋のトレーニングを想像するとシュールで怖いけど。
「それであの、今日はどういったご用件で?」
「ああ!これは失念しておりました!アンジェロ殿下よりこちらをお預かりして参りました」
ダンテの差し出したのは、真っ赤なリボンが結ばれた箱。
「これは……?」
「殿下からの贈り物でございます」
「はあ……」
カリストからの贈り物の山を見たあとだったから、なんだか拍子抜けしてしまった。いや、贈り物は気持ちだというのはよくわかっているけれど。
ダンテはルクレツィアから視線を外しながら礼をして、王宮へと戻っていった。
部屋に戻ったルクレツィアは、アンジェロからの贈り物の箱のリボンを解いた。中から出てきたのは一冊の絵本だった。
「……これ、もしかして手描き?」
題名は【一途な王子様】。
主人公は大きな宮殿に住む大層美しいと評判の王子様。彼はある日、宮殿の中を兄王子と歩く美しい女性に恋をして、日夜トレーニングに励むようになる……んん?
「これ、アンジェロ殿下のことじゃないの……?」
絵本の中には、恋をした王子様が睫毛の上に重りを乗せてひたすらに耐える様や、いつか女性を守れるようにと剣の稽古に励む姿が描かれていた。
そして、愛する女性の婚約者である兄王子が浮気をするのを見ていたけれど、女性があまりにも幸せそうに笑っているからなにも言えなかったと。
「なになに……化けの皮が剥がれた兄王子に愛想を尽かした女性を救うべく、王子様は立ち上がる……そして見事勝利を収め、王子様と女性はめでたく結婚しました……ふふっ、下手くそな絵だわ」
まさか妄想混じりの自伝を贈ってくるとは思いもしなかった。
だけど、これまで貰ったものの中で一番嬉しい贈り物かもしれない。
ルクレツィアはしばらくの間、着替えることも忘れ絵本を眺めていたのだった。
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