1

1/1
45人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ

1

 ガシャンっと大きな音をたてて、駐車してあった自転車が倒れた。 「おっと!」と声をあげたのは、エイト保育園のまさみ先生だ。  勤続三十年を数えるまさみ先生は、ちょっとしたことでは動じない。倒れた自転車のハンドルをつかみ、よっこらしょと戻した。 「重いわねえ」  おもわず文句が口をついて出る。それもそのはず、倒れたのはチャイルドシート付きの電動アシスト自転車で、重量は30キロ以上ある。 「変ねえ」まさみ先生は首をひねった。「なんで倒れたのかしら? 風もないのに」  周囲を見回したが、自転車が停まっているのは、保育園のグランドのはじ。なんの変哲もないただの土の地面だ。  コロコロ……と、小さな石ころが転がってきて、まさみ先生の靴にあたった。 「ははん」 まさみ先生は訳知り顔でうなずいた。「きっと小さな石ころの上にスタンドを立てちゃったから、バランスが悪かったんだわね」  一人納得すると、お昼寝布団を敷くために園舎に戻って行った。  その後ろ姿を、まっ黒な瞳が見送っていたことには気づかずに。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!