君と飲む一杯のワイン

9/10
前へ
/10ページ
次へ
「父が家の(はり)にロープを通して、首を吊って、自害しました」  パスールは頭を殴られる思いだった。 「何故だ」 「ワインの病気で、父のすべての資産が失われてしまいました」  パスールの胸が締め付けられる。  そうだ。ステラの父もワイン農家。ワインの病気で頭を悩ませているとステラから聞いていた。  いつから。いつステラの父は亡くなった?  いつからステラは一人で耐えていた。  なぜ気づかなかった。こんなにも近くにいたのに……。泣き崩れる妻を見てパスールは自責の念にかられる。 「俺は、大馬鹿者だ」 「ううう」 「ステラ、すまん。気づいてもやれず、君に当たるようなことばかりして」  そうだいつだって、さり気なくステラはパスールを支えていた。  パスールはそのことにすら気が付かずにいたのだ。 「あなた。研究をして下さい。研究に没頭し過ぎて我を忘れてしまうことがあって心配ばかりでしたけど、最近のあなたの方が、見てて辛い」 「おまえ」  自分が辛いだろうに、俺の心配をするのか。  パスールは己の不甲斐なさが情けなかった。 「父のような方を増やしてはいけないわ。父のような……うっ……」  パスールはぎゅっとステラの背に手を回し抱きしめた。華奢に震えるステラ。一番大事な者がここにはいると認識する。 「待ってろステラ、おまえの父の敵の悪魔のワインに、俺は勝ってみせる」  ステラがパスールの胸の中で身じろぎをする。 「約束です。でも、無理はなさらないで」 「ああ、ちゃんと睡眠も食事もする。約束だ」  ぎゅつとパスールの腕を掴みステラは顔をあげて頷いた。  久しぶりに見たステラの満面の笑みに、パスールの内から泉のように溢れる思いが流れ込んできた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加