しましま

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先生の事故は区役所に行く前に起きたものだった。つまり、婚姻届はまだ提出されておらず、オレと先生の結婚は成立していなかったのだ。 先生とオレは赤の他人。 婚姻届が出されていなかった以上、オレは先生とは無縁の関係であり、先生と会わせてもらえなかったのである。 いくら先生とはそういう関係で、結婚するはずだったと言ってもダメだった。必死のオレに病院側も同情の眼差しを向けてはくれても、決まりだからと先生の眠る病室には入れて貰えなかった。 だけどオレは傍を離れることなんか出来なくて、ただ呆然と廊下の椅子に座っていた。それにもしも先生の親族の人が許可してくれたなら、オレも入っていいと病院側が言ってくれたからだ。 どれくらい待っだろう。 夜も遅くなり病院から人気が無くなった頃、一人の男性がこちらに来た。その人は先生の弟さんだった。 やっと来た弟さんにオレは自分と先生の関係を告げ、中に入れて貰えるように頼んだ。だけど先生の弟さんはオレを冷ややかな目で見て言った。 「兄の婚約者?ありえないね。兄は亡くなった義姉さん一筋で、今までそんな話は一切なかった。しかも君、いくつなの?もし万が一兄が誰かと結婚しようと考えたとしても、君みたいな子供とするはずがない。あの真面目な兄が自分の子供と変わらない歳の子と恋愛するなんて絶対にありえないね」 そう言って軽蔑するように一瞥を投げると、そのまま先生が眠る部屋に入って行った。 そのあと来た別の親戚の人たちも同じ反応だった。 そしてオレは初めて知った。 オレは先生のことを何も知らなかったということを。 オレの知る先生は奥さんを亡くしたただの大学教授だった。 でも本当はお家はかなりの資産家で、亡くなった奥さんとの間にオレと変わらない歳の息子がいた。そして、オレとの関係を一切誰にも言っていなかったのだ。 だから先生の親戚にとってオレは、いきなり現れて勝手に恋人だと主張しているただの元教え子だ。しかも本当に付き合っているのかは分からず、それを証明するものもない。当の本人は既に亡くなり、一方的に相手が主張しているだけだ。 仮にもし本当に付き合っているとしても、あの真面目で奥さん一筋の先生が、自分から子供ほど歳が離れた、ましてや自分の教え子に手を出すとは思えない。 それに相手はオメガ。きっと先生の財産を狙って、オメガのフェロモンで誘惑したに違いない。 それを裏付けるように、実際オレには家族がいなくてお金もない。 だから誰もオレの話を信じてくれない上に、先生の事故ですらオレが仕向けたのではないかと思われてしまった。なぜなら先生は、オレの知らないうちにオレを受取人にした生命保険に入っていたからだ。それもかなり高額な。その入った日付けを見ると、ちょうどオレに告白してくれた日だった。 オレと心が通じあい、付き合いだしたその日に先生は保険に入っていた。きっとその時から先生はオレとの将来を考えてくれていたんだ。自分よりも歳が下の母が病気で亡くなったから、もしかしたら自分も・・・と思ったのかもしれない。だから自分がいなくなってもオレが生活できるように、高額な保険に入ってくれてたんだ。 先生の思いがオレには分かるけど、それを知らない親戚にとってはオレは先生を騙した悪いオメガにしか見えないだろう。 もう疲れてしまった。 先生に会いたいと思ったけれど、もういい。 もしかしたら事故なんて間違いで、その部屋に眠っているのは別の人かもしれない。・・・そんなささやかな望みも、実は抱けなかったから。先生が亡くなった瞬間、分かってしまったから。先生がこの世から消えてしまったことが・・・。 そんなこと分かりたくなかった。 番になったから分かってしまったのなら、番になんてならなければ良かった。そうすればこれは間違いかもしれないと思えただろうから。 でも今のオレは分かってしまった。 先生はもういないって。 だからもう、どうでもいい。
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