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あなたは嫌かもしれないけれど、オレは本当に先生が好きなんです。
こんなオレが先生の相手でごめんなさい。
そんな思いを込めてオレは頭を下げる。
だけどなぜか声に出して言う気にはなれず、オレはそのまま足早に玄関へ向かう。とその時、いきなり後ろから腕を掴まれる。
「だから待てって言ってるんだ!」
突然耳に飛び込んでくる怒鳴り声と、腕を強く掴まれたことによる痛み、そしてびりっとするアルファの威圧。
びくりと身体が動かなくなり、オレは彼を見上げる。
「悪い。お前があまりにも俺の言うことを聞かないから・・・。とりあえず、こっちに来て話をしよう」
そう言うものの、彼はオレへの威圧を解かず、そのまま腕を引いて抵抗できないオレをリビングへと戻す。そしてまたソファに座らせるとオレの前に膝をつき、視線を合わせた。
「ここから出て行かなくていい」
アルファの力で縛られているせいか、オレの耳にもちゃんと彼の言葉が届く。そして顔も見ることが出来た。
この顔・・・どこかで見たことがある。
混乱した頭はそれがどこでだったかは思い出せない。でも確かに知っている顔だった。
「親戚連中に何を言われたかは知らないが、あんな奴らの話は聞かなくていい。大方親父の遺産目当てでお前を追い出したがっているだけだからな」
そう言うとオレが抱えていたバッグを取り、床に置く。
「親父の遺産は俺が全部引き継ぐ。あんな奴らには渡さない。だからこの家は俺のもので、その家主の俺がここにいていいと言ってるのだから、お前はここにいていいんだ」
そう言うとオレの頭を引き寄せ、そっとその胸に抱きしめてくれる。
「きっと親父はそうすることを望んでいる。お前の幸せを誰よりも願っていたんだ。一生一緒にいて幸せにしてやりたいって言ってたよ。なのに馬鹿だよな。そう言ったそばからお前にこんな顔をさせるなんて」
そう言って背中を撫でてくれるその手が、まるで先生のような気がして・・・。
『一生君の傍を離れない。そして幸せにするよ』
ほんの一週間前、先生がうなじを噛む前に言ってくれた言葉。
その瞬間、得体の知れない大きな何かがオレの心の中で膨らみ、それが爆発する。
「あっ・・・」
込み上げてくる涙と嗚咽。
先生・・・。
『いってきます』
そう言ってキスをして笑って出かけて行った先生はもう帰ってこない。
もういない。
あまりのことに現実として受け入れられなかった事実をいま、ようやくオレは理解する。
「あああ・・・っ・・・」
あの声もあの温もりもあの香りも・・・もうこの世にはない。
先生・・・っ。
止めることの出来ない嗚咽が次々と口から零れ、涙が溢れていく。
そんなオレの背中を撫でていた手に力がこもり、その胸に強く抱きしめれる。
この腕は先生じゃない。
分かっている。
先生はこんなに強くオレを抱きしめたりしない。
香りだって全然違う。
だけど、今はこの胸に縋りたい。
先生がいなくなってしまった現実を受け止めるには、オレ一人では無理だったから。
オレはそのまま泣いた。
泣いて泣いて泣き続けた。
そして知った。
涙は枯れることがないのだと。
どれくらい泣いたのか。
感情の爆発は収まり、嗚咽は止まった。だけどまだ涙は出続けている。そんなオレの背中を優しい手が這う。
ずっと撫でてくれてる。
オレはそっと顔を上げた。すると細めた目をしたその人と目が合う。
この目・・・。
笑ってはいないけど、この優しく細められた目をオレは知っている。
あの時交差点で見た笑顔・・・。
転んだ子供を抱き上げ、そっと下ろした時に見せたあの時の顔だ。
嶋天。
高校のハイスペックアルファの同級生。
嶋と嶋。
同じ名前だと思ったら、親子だったのか・・・。
あの高校の人気者と先生が親子だったことに驚いたけど、不思議と納得もした。
この家はオレの実家とは少し離れているけど、十分あの高校にも通える距離だ。
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