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アルファに対してあまりいい印象を持っていなかったオレは、当然嶋に対しても例外ではない。
人気が高くいつも誰かに噂されていたけれど、たまに見かける嶋はいつも眉間に皺を寄せてつまらない顔をしていた。それがまるで、自分よりも低俗な生徒とは付き合う価値などないと見下しているように見えたのだ。
だけど、あんな風に笑うんだ・・・。
転んでしまった小さな子を助け起こし、安心させるように優しく笑った嶋。
その顔は、オレの中で消えない記憶として残ることになる。
だけどそれだけだ。
オレの中の嶋に対する印象が多少変わったところで、何かが変わるわけでは無く、相変わらず全く関わり合いになることはなかった。
オレは嶋が有名人だから知っていたけど、一般のなんの取り柄もないただのオメガのオレのことなど嶋が知るはずもなく、ましてやオレから近づくこともない。交差点での出来事だってオレが勝手に後ろから見ていただけで嶋はオレの存在すら気づいていなかっただろう。
だからオレたちは、その後もまったく会うことも関わることも無く、そのまま高校を卒業した。
卒業後、オレは大学に進学した。
高校に入るまで、オレの周りには『しま』という苗字のやつはいなかったけど、大学に入っても『しま』という人物に遭遇することになる。
今まで会わなかっただけで、実は結構いるのかも。
大学の必修科目の教授の名前が『嶋』だった。
オレは高校の入学式の時に思ったように、やっぱり思う。
『しま』という人とは絶対に結婚しないようにしよう。
高校では縁のないハイスペックアルファ。
大学でも大して距離など縮まないだろう大学の担当教授。
この2人とただのオメガのオレが何かあるわけはないけれど、大学は広い。そして人も多い。他にも『しま』姓のやつがいるかもしれない。
名前で人を判断するのは失礼かもしれないけど、やっぱり名前は大事だと思う。フルネームを書く場面や呼ばれる場面は意外と多い。そこで『しましま』なんて、やっぱりそれを見たり聞いたりする人は驚くだろうし、目立ってしまう。
ただでさえオメガで周りから浮く存在なのに、これ以上目立ちたくない。
オレはひっそりと目立たず、社会に埋もれて生きていきたいんだ。
だから『しま』という人とは絶対に関わらない。
そう思っていたけれど、その『嶋』先生の講義を初めて受けた時、オレの心はその先生に囚われてしまう。
大学の教授だからアルファだろう。
ベータもいるけど、やっぱりこう言う職にはアルファが多い。だからその『嶋』先生も当然アルファで、高圧的な嫌な感じの先生だと思っていた。なのに入ってきたその先生は、メガネをかけた柔らかい印象の先生だった。
最初その優しげなイメージにベータかと思ったけれど、彼から香る香りにアルファだと分かる。
アルファなのにこんな人いるんだ・・・。
確かに背も高く顔も整っている。だけどアルファ特有の高圧的なオーラはなく優しげで、全体的に柔らかい印象だ。それに話し方も丁寧で、上から目線でもない。
講義の内容も丁寧で一方的に押し付けることも無く、どちらかと言うと分からない者へ寄せてくれている感じだ。
かと言って力が弱いアルファという訳では無い。
そんな物腰の柔らかい先生を弱いと見下したアルファの生徒に見せた一瞬の威圧は、離れたところに座っているオレにもわかるほど鋭いものだった。
力の強いアルファ。
なのにこんなに優しい人。
そのギャップにオレの胸は壊れたようにドキドキし、初めての講義の内容はほとんど覚えていない。だけど幸いにもその時の講義は主に先生や講義内容の紹介で、まだテキストすら開けることはなかった。
この講義、頑張ろう。
いつまでも治まらない胸の動悸に、それが恋だと分かるのにそう時間はかからなかった。
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