しましま

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オレにとっては初めての恋。 誰かがこんなにオレの心に入り込んできたのは初めてで、どうしたらいいのか分からない。 だけど相手は大学の先生なのだから、その講義を頑張るしかない。 頑張って先生に覚えて貰えるようにしよう。 オレにとっては先生は一人だけど、先生にとってオレは何百人もいる学生の一人だ。だからいっぱい頑張って、せめて名前と顔を覚えてもらおう。 大学生になってした初めての恋に、その相手が『嶋』であっても気にならないくらい、オレはその先生に夢中になった。 それからオレはその講義を頑張った。 席は常に先生の真ん前。 レポートが出れば出来うる限り時間をかけて、分からないところはすぐに先生に聞きに行った。 試験はもちろん何日もかけて勉強し、好成績を収めた。 そうやって自分の精一杯で頑張ったけれど、先生にとってオレは一学生からは変わらず、その距離は縮まらなかった。 でも、それでも良かった。 初めて誰かを好きになったオレはただ先生のことを考えるだけで幸せだったし、たとえ名前を呼んでもらえなくても、分からないと言って聞きに行けば嫌な顔ひとつせずに教えてくれることが嬉しかった。 そんな講義ももうすぐ終わってしまう。 後期の試験も終わり、あと少しで今年度の講義が終わる。 これが最後の質問かもしれない。 そう思いながら、後期試験で分からなかったところを聞いているときだった。 突然鳴るスマホに、先生に断って出たオレはその内容に頭が真っ白になってしまう。 その電話は病院からだった。 母が倒れたというのだ。 オレの家は母ひとり子ひとりの二人家族。 父は幼い頃に病気で亡くなり、以後母が一人でオレを育ててくれていた。 両親共にベータでオレもベータだと思われていたのに、中2で受けた診断の結果はオメガだった。そのため、ただでさえ生活するだけでもやっとだったのに、余計にお金をかけさせることになってしまって、オレは自分の性を恨んだこともあった。けれどオメガであることは変えられない。オレはそう思って、高校に入ってバイトができるようになってからはずっとバイトをして、せめて自分にかかる費用位は自分で稼ごうと頑張ってきた。 それは大学に入ってからも変わらず、夜にもバイトが入れられるようになってからはずっとバイトに明け暮れて、母親とは同じ家に暮らしていても顔を合わせることが少なくなっていた。 だから気づかなかった。 母の体調が悪かったことに。 倒れたと聞いて、オレは何も考えられなくなってしまう。 母が倒れた。 どうして・・・? その時、何も考えられなくなって呆然としたオレの手からスマホが取られる。 病院からの電話に小刻みに震えるオレの肩をぎゅっと抱き、嶋先生がオレから取ったスマホで冷静に話を始める。そして電話を切ると、オレを連れて病院へと向かってくれた。 先生が運転する車の中で、オレは震える身体を抱きしめるしか出来なくて・・・。 母にもしもの事があったら・・・。 そればかりが頭を占め、なぜ先生がオレを病院へ連れて行ってくれているかなど考える余裕などなかった。そして病院に着いてからも先生は何も出来ないオレに代わり、冷静に行動してくれる。 受付に名を言い、母が運ばれた病室へ行き、そして母に会う。 母は点滴に繋がれ、紙のように白い顔をしてベッドで寝ていた。その姿はオレが知る母よりもずっと痩せて小さかった。 あまりの母の姿に動けなくなったオレに、担当医だという医師が話があるという。それにも上手く対応できないオレの代わりに先生が一緒に話を聞いてくれた。けれどオレは、その医師の話にさらにショックを受けることになる。 母の身体は病に冒され、既に手の施しようもない状態だった。 医師の話では、身体の異変はかなり前から出ていたはずだという。けれど母は病院には行かなかった。それは今に限ったことではなく、今までずっとそうだったのだ。
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