しましま

32/45
1199人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ
「高校の頃はね。だけどもっと前に、俺達は会ってたんだ」 もっと前・・・? 「市大病院の隣の公園で昔、一度俺達は会ってるんだ」 市大病院はオレが幼い頃に住んでいた家の前にあった病院だ。その隣の公園はよく遊びに行ったけど・・・。 「ののは覚えてないかも知らないけど、オレは覚えてる。まだ幼稚園の時だった。あの日は突然雨が降ってきて、ベンチに座ってた俺に傘を貸してくれたんだ」 幼稚園・・・ベンチ・・・傘・・・。 そう言えば昔、ベンチに座ってた子を傘に入れてあげたような気がする。 ずっと一人でベンチに座ってた子が気になってた。 同じくらいの子なのに一人で公園に来てるのが変で、ちょうど家の窓から見えたその子をずっと見てたら急に雨が降ってきて、だけどその子は動かないから、オレは傘を差してその子のところに行ったんだ。まだ幼かったから、その子の分の傘を待って行くっていう考えがなくて、自分だけ傘を差して行っちゃったから、オレは傘にその子を入れてあげたんだ。 徐々に思い出してくる記憶。 あの時の子が天・・・? 「ベンチに座ってたら急に雨が降ってきて、だけど誰かが傘に入れてくれたんだ。急に頭の上に現れた傘に見上げると目の前に男の子が立ってて、俺に傘を差しかけてくれてたんだけど、自分はずぶ濡れだった」 そうだ。 その子の所に行ったらその子が泣いてるように見えて、だけど実際は泣いてなくて、でもきっと悲しいんだと思ったんだ。 だからオレはその子に言ったんだ。 確か・・・。 「『見てないよ。泣いていいよ。声も聞こえないよ』て、その子が言ったんだ。そしてその通り俺に傘を差して見えないように隠したんだ。自分はずぶ濡れで」 そうだ。 きっと泣きたくても見られてたら泣けないんだと思って、傘で隠してあげたんだ。 母さんもそうだったから。オレが見えないところで泣いて、オレの前ではその子と同じ顔をして泣かないようにしてたから。 「俺はその時、何を言われてるのか分からなかった。別に悲しくなかったし。だけど俺の目の前が傘で遮られて見えなくなったとたん、涙が溢れてきて泣いたんだ。わけも分からないのに涙が次々溢れて、声を上げて泣いた。どれくらい泣いたのか分からないけど、その間ずっとその子は濡れたまま傘で俺を隠してくれていた。そしたら遠くから俺を呼ぶ声がして、その子は俺に傘を持たせて行ってしまった」 あの時その子を探す声が聞こえて、一人じゃなかったって安心したんだ。だから傘を貸してオレは帰った。 「黙って出てきた俺に気づいて探しに来た親父が来てくれた時にはその子はどこにも居なくて、だけど俺の心にはずっと忘れずにその子のことが残ってた」 天の話を聞いてその時のことを思い出したけれど、オレは今までその事を忘れていた。でも天は覚えていたんだ。 「すぐに傘を返したかったけどなかなかそこに行けなくて・・・。まだ幼稚園児だったし、一人で行くには遠くてさ。でも一人で行けるようになったら、もうその子はいなかった。まあ、当たり前だよな。俺はその子の名前も家も知らなくて、そこに行けば会えると漠然と思ってただけで、実際はそんなに都合がいい訳ない」 オレはあの後、わりと直ぐに引越したんだ。父親が亡くなって、それでも一緒に暮らした家にいたいと母は頑張ったけど、やっぱり家賃が払えなくなって・・・。だからたとえ天がオレの名前や家を知っていても会えなかっただろう。 「その子のことが忘れられなくて、ずっと傘を持ってた。大きくなって周りが恋だの愛だの言い出しても、俺はその子が忘れられなくて、でもそんな自分の気持ちが何なのかも分かってなかった。ただもう一度会いたかった。そうするうちに高校生になって、そして見つけたんだ。その子を」 入学式の壇上から見えたオレをその子だと直感したと言う。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!