しましま

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あの時、天がいてくれなかったらオレは泣けなかっただろう。心が麻痺して、現実を受け止められなくて、そしてきっと立ち直れなかった。 「俺も突然のことに頭が追いついてなかった。だけど目の前で悲しみの中にいるののを見た時、ののを守ってやりたいと思った。突然の親父の死は悲しかったけど、それよりもののの傍にいてやりたい。少しでもののの心を癒してやりたい。そう思ったら忘れていたと思っていた幼い頃からののへの恋心も一気に再燃してしまった」 そう言うと天はオレから視線を外し、下を見る。 「酷いんだよ、俺は。親父の死にかこつけて、ののの傍にいたかった。親父の代わりと言いながら、俺がののにしてやりたかったんだ。そして俺は親父に嫉妬した。俺が無理だと諦めたののの心を、親父は変えて手に入れていたんだ。ずっと忘れられなかったののを、親父が・・・」 天の中に交錯する悲しみと嫉妬。 きっとすごく苦しんだんだろう。 だけどそんなことをオレには少しも感じさせないで、オレのことだけ考えて、オレのことを守ってくれた。 オレは項垂れる天の前に膝を着いて天の頭を抱きしめた。 「酷くなんかない。天はオレを守ってくれた。天がいたから、オレは前へ進もうと思えたんだ」 先生。 オレ、前へ進むね。 先生のことまだ好きだけど、好きのまま天のことも好き。 それでもいいよね。 「オレね、先生のことすごく好き。今でも一日も忘れたことないし、心の中で話しかける。でもね、先生のこと好きなのに、天の傍にもいたいんだ。だけど天には好きな人がいて、ここにいるのが辛くて苦しいのなら、オレは天を解放してあげなくちゃって思ったんだ」 その言葉にオレの腕の中から天が顔を上げる。 「オレのせいで天が苦しむのが嫌だった。先生の代わりを、無理にしてもらうのが辛かったんだ。だから早く自立して、天をアメリカに帰してあげようって。だけど今日、天が先生みたいに帰ってこないかも知れないって思ったら、オレ・・・」 オレを見上げて僅かに揺れる天の瞳を、オレは見つめた。 「ずっと気づかないようにしていたオレの本当の気持ちに気づいたんだ。天は先生の息子さんでも、ただの同居人でもない。もしも天まで帰って来なかったら、オレは生きてられない。天はオレの命なんだって」 天のように、ずっと長い間思いつづけた思いではない。 正直先生が生きていたら、きっとなんにも思わなかっただろう。でも現実は先生がいなくなってしまって、その悲しみと寂しさに押しつぶされそうになったオレを支えてくれたのは天だ。そしてその天は、いつの間にかオレの心を包み込んでいた。 「他に好きな人がいても、傍にいなくてもいい。ただ生きていてくれれば、そして辛い思いをしていなければいいって思ったんだ」 涙が再びオレの頬を伝う。その涙を、天が指で掬いとる。 「俺が好きなのはののだ」 「うん。そう言ってくれるから、だからオレも言っていいよね」 止まらない涙をそのままに、オレは天に笑いかける。 「天の傍にいたい。離れたくない。ずっとオレと一緒にいて欲しい」 オレは天の頬を両手で挟み、そっと唇を寄せた。 「俺も、ののの傍にいたい」 唇が触れる寸前にそう言った天もオレの頭に手を回し、自分へと引き寄せる。 そして合わさるお互いの唇。 それは誓いのキスのように触れるだけで離れる。 「俺のために『しましま』になってくれる?」 まだ鼻が触れるほど近くでそう言う天に、オレはおでこをくっ付けて頷く。 「一生、責任取ってね」 「もちろん」 そしてオレたちは、再び唇を合わせた。 それから何度も唇を合わせて、そして抱きしめ合った。 お互いの思いが絡み合い、繋がり、そして溶け合っていく。それだけでオレたちは満たされて、そのまま抱き合って眠りについた。
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