しましま

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父が亡くなってから、母は働き詰めだった。 幼いオレを母が一人で養わなくてはならなくなったからだ。しかもオレがオメガだと分かると、さらにお金がかかるようになる。 オメガ専用の住宅に引っ越すお金がなかったので発情期の度に専用の施設を利用しなくてはならなかったし、もちろん抑制剤は必要だ。それにもしもの時のための緊急抑制剤、それからアフターピルも買わなくてはいけない。さらに高校はオメガゆえの危険を避けるためにオメガコースのある私立に通うことになった。 オレがオメガであったために余計なお金が必要になり、母はさらに働き詰めになった。オレもそんな母を助けたいとバイトに明け暮れはしても、オメガであるためにその仕事は限られ、ベータやアルファ程の稼ぎを得ることは出来なかった。だから余計に母が働くことになって・・・。 なのに辛い顔なんてひとつも見せないで、いつも笑っていた母。今どき大学に行かなかったらろくな仕事に就けないからと、当たり前のように大学進学を勧めてくれた母は、いつも自分のことは後回しにオレのことばかり考えてくれていた。 だからオレも、少しでも母の助けになればとバイトを増やし、勉強も頑張り、ちゃんと卒業して少しでもいい所に就職して母に楽させてやりたいって頑張って来たのに、そのせいで母の身体の異変に気づけなかった。 オレがもう少し母と会う時間を作っていれば、こんなに痩せてしまっていたことに気づいたはずなのに・・・。 自分の不甲斐なさに打ちのめされていたその時、オレを支えてくれていた腕に力がこもる。そして抱きしめるようにオレをその胸におさめると、先生は強い声で言った。 『自分を責めるのはやめなさい。こうなったのは君のせいじゃない』 その強い口調と、けれど先生から流れる温かく優しい思いがオレを包み込み、突然のことに強ばっていたオレの心は解れていく。するとその瞬間から涙と嗚咽が込み上げてきて、オレはそのまま先生の胸の中で泣いてしまった。そんなオレを、先生は強く抱き締めながら背中を撫でてくれた。 その後もずっと傍にいてくれた先生は母の入院手続きや今後の治療方針の説明など、本当ならオレがしなければならないことを全てしてくれた。 なぜそこまでしてくれたのか。 その時のオレはこの状況にいっぱいいっぱいで考える事は出来なかった。 その後も一旦帰宅して必要なものを取りに行く事になっても当然のように一緒に行ってくれて、目を覚ました母と話す時も廊下で待っていてくれた。 そしてその夜、完全看護で帰らなくてはならなくなると、先生はオレを自分の家に連れて行ってくれた。 『こういう時は一人になるのは嫌だろう?』 そう優しく言って、まだ事態を上手く飲み込めず呆然とするオレにごはんを食べさせ、ベッドに寝かせてくれた。その時もずっと傍にいてくれて、ベッドの中で泣くオレを優しく抱きしめてくれていた。 いきなり降りかかったこの事態にオレは何も考えられず、けれどそれは何をしても良くならないことだけは分かっていて、どうすることも出来ないことにただ泣くしか出来なかった。 どうして? どうして母さんがそんなことにならなければならないのか・・・。 何も悪いことはしてない。 それどころかずっと自分を犠牲にして頑張ってきたのに・・・もう少しで楽させてあげられたのに・・・なんでこんなことになってしまうんだろう。 そんな思いがオレを支配し、涙は止まらなかった。そんなオレを何も言わずに抱きしめてくれた先生の腕の中で、オレはいつの間にか寝てしまっていた。そして目覚めた朝、眠ったせいで冷静になった頭はこの状況をようやく理解する。 先生はどうしてこんなによくしてくれるのだろう。 先に起きていた先生にそう訊くと、放っておけなかったからだと言う。そして先生もかつて、大切な人を病で亡くしたことがあるのだと。
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