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高校の入学式で新入生代表の名前を聞いた時、オレは絶対にこいつには近付かないようにしようと思った。なぜならそいつの名前が『嶋天』だったからだ。と言うのも、オレの名前は『野々瀬志摩』。
こいつと結婚したらオレ、『しましま』になっちゃうじゃん。
退屈な入学式の最中、オレは新入生代表のスピーチなど全く聞かず、勝手にそんなことを考えていた。
けれどそんな心配なんて初めからないことに気づくのに、そう時間はかからなかった。
オレの通うこの高校は偏差値が高いアルファとベータが通う特進コースとその他のベータが通う普通コース、そしてオレのようなオメガが通うオメガコースに別れている。そしてその特進は一学年12クラスのうちの2クラスしかなく、入試の成績順で決まる。その特進の中で、新入生代表になった嶋はもちろんアルファで1組だ。片やオレは1クラスしかないオメガコースなので3年を通して12組。
しかも特進とオメガじゃ階どころか校舎も違う。意図的に会おうと思わなければ、決して会うことはない。
あっちは学年一頭がいいアルファ様。しかも見た目もいいからすごい人気者。それに比べてオレは目立たないオメガ。なんの関係もないオレは、会おうと思ってもおいそれと会える存在じゃない。
まあ、会いたいとは思わないけど。
オメガの中にはスペックの高いアルファを捕まえて養ってもらおうと、今からアルファを物色している者もいるけれど、オレはそんな生き方をしようとは思っていない。むしろ、ちゃんと仕事をして一人でも生きていけるようになりたい。
アルファなんて所詮傲慢で嫌な奴ばっかりだし。
オレのアルファに対する印象は最悪だ。だからそんなアルファに媚びを売って取り入ろうとも、自分を犠牲にしようとも思わない。
贅沢できなくたっていい。
オレは自分の力で生きて行く。
オレはそう思っていた。
だからこの学校でアルファを見つけようとか、ましてや学年一のハイスペックアルファに近づこうとは微塵も思っていない。
ましてや『しま』なんて問題外だ。
それにそこまで優秀なアルファ様は、オメガのことなんか見下す嫌な奴に決まっている。
そう思ってオレは、アルファの話で盛り上がるクラスメイトを横目に一人冷めて過ごしていた。
それでも3年間も同じ学校に通っていれば1度くらいはニアミスというものはあるもので、オレの中で嶋というアルファの印象が少し変わる出来事があった。
それは3年のある日。
たまたま下校が重なったのだろう。いつもは会うことの無い学年一有名なハイスペックアルファ、嶋の背中をその視界に捉えた時、オレはそっと歩みを緩めた。
駅までは同じ道だ。
足の長さが違うので間違ってもオレが嶋に追いつくことはないけれど、極力近づきたくないと思っていたオレは、できる限り嶋と距離を取ろうと思っていた。だから交差点で足を止めた嶋が青になって渡り始めても、オレは次の青信号で渡ろうとさらに歩みを遅くした。
交差点を渡る嶋。周りには同じように下校する生徒達がたくさんいる。その間をすり抜けるように、小さな男の子が走って渡り始めた。そして嶋を抜かし、3歩程走った先で突然その男の子は勢いよく転んでしまう。
それを見ていたオレはあっとなって駆け寄ろうとした。だけどそれよりも早くその子のそばに行き、抱き上げた者がいる。
嶋だった。
他にも近くに生徒はたくさんいたのに、誰一人その子を助け起こそうとしなかった中、嶋だけが素早くその子に駆け寄り抱き上げると、危なくないように向こう側まで渡ってそっとその子を下ろした。そして何かをその子に言うと、嶋は笑ったのだ。何を言ったのかは分からない。でも嶋は転んで泣きべそをかいているその子に笑いかけ、あとから焦って走ってきた母親にその子を引き渡すと何事もないようにまた歩き出した。
それはほんの短い出来事。
だけどオレの心には大きなインパクトを与え、胸がドキドキした。
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