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覚えのない約束
「おい! おい! いるのはわかってんだぞ! 出てこいや!」
ドンドンドンと壁を殴る音でワタシは目を覚ました。誰だこんな夜更けに。壁を叩くなんて非常識にもほどがある。
カーテンの隙間から不届き野郎の顔を覗き見る。全く見覚えのない顔だ。ワタシは一体どこでこの男の怒りを買ってしまったのか。
「玄関まで来てください」
窓を開けずに言ってやると、男は「おいお前! 絶対出てこいよ!」と言いながら玄関の方へ向かっていった。今日は顔を青くした兄が来ているのだから静かにしてほしいものだ。これでは治るものも治らない。
「それで、ご用件は?」
ドア越しに素っ気なく聞く。
「それが客に対する態度かぁ!」
男は喚くが、ドアを開けて襲い掛かられでもしたらたまったもんじゃない。夜中に迷惑も考えずにやってくる野郎なら尚更だ。絶対に開けてやるものか。
「用がないなら寝ます。近所迷惑になるのでさっさとお帰りください」
「おい! おい! 待て! 用ならある。お前、約束のこと忘れてねぇだろうなぁ!」
約束?
ワタシはこの男を知らない。知らない奴と約束なんてするわけがないだろう。
「約束、とは何のことでしょう?」
「お前忘れたのか! あの日! あの場所で! 約束しただろうが! あの時のお前の震えた声、鮮明に覚えているぞ!」
「身に覚えがありません。一体どんな約束をしていたのでしょう。教えてもらえませんか?」
「それは言えん!」
どうにもきな臭い。約束相手に肝心な約束を言えないなんて、これはとんでもない内容に違いない。
「馬鹿馬鹿しい。あなたの妄言に付き合う気はありません。お帰りください。これ以上居座る気なら通報します」
『通報』という言葉を聞いた途端、男は大人しくなった。どうやら警察に通報されてはまずいと思うぐらいの理性は残っていたようだ。しばらくすると男は諦めたように去っていった。
やれやれとんでもない日だ。すっかり目が覚めてしまったではないか。ラジオを聞きながら本でも読むとしよう。いずれ眠気がやってくるはずだ。
『ジジジジジジジ…………えーー……次の……ニュースです。ジジッ……ジ…………山で見つかった車内から……無理心中と見られる女性の遺体が見つかりました…………ジジジジジ……車の持ち主の男性の行方は……まだわかっていません……』
ああ、やはりドアを開けなくて正解だった。
あの男が約束していた相手――そいつはワタシの双子の兄で、兄は無理心中という名の殺人現場を見てしまったのだろう。全く、不運なものだ。
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