水屑となって消えてしまえ

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雨が降っている。 結構土砂降りだ。 制服はびしょ濡れだけど、仕方ない。 海は濁っていて、波が荒れ狂っている。 予想以上に波が高くて興奮する。 「ねえ、今から海行こうよ」 学校からの帰り道、後ろから花梨が追いかけてきてそう言った。 「雨降ってるよ」 「あれ?意外と驚かないんだ。ねえ、海に行きたいの。良いでしょ?」 普段なら断る。でも、今日は断れなかった。 私は、後悔を嫌というほど知っている。 だから私たちは、海に来ている。 春の季節外れの海。 それに加えて、今日はずっと雨が降っている。 私たちの他に海に来ている人はだれもいない。 「海、綺麗だね」 花梨が唐突に言った。 「飛び降りたくなるね」 「......」 普通は海といえば、空と同化するように、果てしなく輝く真っ青なものを思い浮かべるだろう。 でも、こういう海も良い。 激しい波が、鋭い岩に打ち付ける。 波が高く跳ねて、とても綺麗だ。 あの日も、今日みたいな天気だった。 「なんかさ、私たちの世界って感じする」 「分かる」 誰もいなくて、雨の音が響く。 大きな海が、孤独に泣いている。 ここから飛び降りた人は、どんな気持ちだったのだろうか。 きっととても怖かったはずだ。 でも、この海の魅力に吸い込まれたのでは無いだろうか。 私にもう少し勇気があったら、飛び込んでいたかもしれない。 それぐらい、海は神秘的で、幻想的だった。 「ねえ、貝から波の音するよ」 花梨はいつの間にか岩場まで行っていた。 一歩踏み外すと、海に落ちてしまいそうだ。 危ないよ、と言おうとしたけど、私も海に惹きつけられて花梨の横に並んだ。 貝を拾って音を聞いてみた。 __涼し気な音だ。不思議と、いつもよりも音が大きいような気がする。 「これが貝からする音じゃなくて、周りの音って不思議だよね」 「ね。貝のささやきって言われてるらしいよ」 「へえ。センス良いね」 「なんかよく分かんないけど、共鳴音なんだって」 「いいね、共鳴。貝と一体化してるみたい」 「分かる。私たちも、一体化できたら良いのにね」 私たちはしばらく無言で貝のささやきを聞いていた。 「ずっと、このままがいいね」 花梨はいつも唐突だ。 「そうだね。それか、どこか遠い知らない場所に行きたい」 「この波が運んでくれないかな」 「そうだと良いね」 「前、一緒に学校サボって遠くの海に行ったよね」 「そうだったね。懐かしい。......本当、学校って窮屈」 「私みたいに抜け出せば?」 「......やめてよ、困るじゃん」 「あははっ、そうだね。私はもう学校に行かなくてもいいからね」 「......」 「もっと端まで行こうよ」 「流石に危ないよ」 「大丈夫だよ」 花梨はそう言って軽い足取りで歩いて行く。 「......なんでここから飛び降りたの?」 花梨があまりにも儚くて、ふっと居なくなりそうで、思わず聞いてしまった。 花梨はゆっくりと振り返って笑った。 「ごめんね」 「なんでよ......。謝るなら、自殺なんてしないでよ。学校サボって海に行った日、約束したじゃん、『強く生きよう』って」 花梨の顔は、今にも泣き出しそうに歪んでいた。 「だって、辛かったんだもん......」 ......分かってる。嫌というほど、分かっている。 私はよく花梨の相談に乗っていた。 でも、まさか自殺するなんて思っていなかった。 「怒るなら、昨日の自殺する前の私に言ってよ......」 花梨に泣いてほしくなくて、そして、私も泣きたくなくて、花梨の手を握ろうとする。 でも、私の手は宙を切る。 「貝は拾えるのに、私は触れないなんて、酷いよ......」 「もう、そんな悲しそうな顔しないでよ」 「だって......」 「そんなんだから私、成仏できないじゃん」 そんなこと言われても困る。あなたは、私の唯一の親友なんだよ。 「私のことなんて忘れてよ」 言葉とは裏腹に、花梨はすごく寂しそうだ。 あなたの時間は、ずっと止まったままなんだね。 「忘れてほしいの?」 「......うん。私のことは忘れて、明日に進むべきだよ」 どう答えれば良いのか分からなくなる。今までは、花梨と一緒にいたくて嘘を貫いていた。だけど、本当は分かっている。いつまでもこうしてはいられない。 「じゃあさ、過去に執着しないでよ」 「えっ?」 「本当はね、ずっと繰り返されてるんだよ。自殺した翌日から」 「どういうこと?私は昨日死んだんだよ」 言いたくない。言いたくないけど、きっともう潮時だ。 「今日はね、花梨が死んでから49日目なの。私たちは、ほぼ毎日この海に来て、同じ会話をしてる」 彼女の顔が凍りついた。 「私だけ、同じ日をループしてるってこと?......じゃあ、この会話も初めてじゃないの?」 「この会話は初めてだよ。でも、少し前の会話は何回も繰り返してる」 花梨は石像のように無表情だった。 「ねえ、明日に進もうよ」 「......」 「本当はね、居なくなってほしくなくて、ずっと嘘ついてた。でも、今日は49日目なんだよ。だから、言おうと思ったの」 「酷いよ......」 「ごめん......。ねえ、今日で居なくならないよね?」 怖くて、花梨の顔を見れなかった。 「分かんないよ。でも、いきたくない」 私もだよ。そう言いたかったけど、きっとそれではダメだ。 「約束しよう。今日で、ループするのは終わり。でも、今度絶対会おう」 「今度っていつ?」 「お盆とか?私もよく分かんない」 「もう、なにそれ」 「あははっ」 花梨は不器用に笑った。 雨か涙かわからないけど、花梨の顔は濡れていた。 「約束だからね。また破ったら許さないから」 「......うん、分かった。でも、私からも約束」 「何?」 「......後悔してるでしょ?」 その瞬間世界が無音になって、花梨の大きな目が私を射抜く。 「私の悩みをもっと真剣に聞いてたら、自殺しなかったかも、とか思ってるんでしょ?」 何で分かるのだろう。否定しようと思ったけれど、できなかった。 「私、本当に感謝してるんだよ」 「え?」 「本当にね、悩み聞いてくれて楽になったの。だから、約束。私のことは引きずらない!」 「......」 「もう、なんなの?また会うんでしょ。泣かないでよ」 いや、これは雨だ。それに、花梨だって私と同じ顔してるじゃん。 「まあ、とにかく約束だから。破ったら絶対許さない」 「......うん、分かった」 なぜか、花梨の言葉がスッと胸に入ってきた。 そして、花梨は弾けるような笑顔で言った。 「またね」 「待って......」 花梨の温もりを感じたくて、彼女を抱きしめる。 やはり、私の腕は宙を切る。 「ありがとう」 小さな声で呟いた。 私も、と微かに聞こえた気がした。 目を閉じて深呼吸をしたら、花梨は消えていた。 海が荒れ狂っている。 波が鋭い岩にぶつかって高く跳ねる。 気づいたら小雨になっていて、傘を置いて寝転んだ。 仄かに土の匂いのする風が身体に吹き付ける。 私たちの関係は、共依存だ。それは、少し歪な友情なのかもしれない。 でも、私たちはそれがとても心地よい。 今、水屑となって消えてしまうのも、一種の幸せなのかもしれない。 それでも私は、この息苦しい世界で強く生きたいと思ってしまう。 ______次は、青い海が見たい。 ふと、そう思った。
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