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 まだ二十三になったばかりの頃だった。  秋の終わりが近付いて寒くなってきた季節に、その小さな女の子は随分と薄着のまま小さな木の実を集めていた。秋の落ち葉に紛れるような葡萄酒色の服に映える白いエプロンを鮮明に覚えている。  食べるためなのか染めるためなのかはフェイには分からなかったけれども、少女があまりにも元気に動き回るのが可愛らしくて思わずじっと見てしまっていると、少女がフェイに気がついたように見上げる。 「……てんしさま?」  少女は少し驚いた顔をした。じっと観察するようにフェイを見つめている。 「え?」  フェイも自分の耳を疑った。少女の口から出た単語を認識するまでに少し時間が掛かってしまったが、どうやら少女は、フェイを天使だと思い込んだらしい。  天使の存在を信じているなんて信心深い子だと思った。 「いや、俺は、君のお父さんの友人で……」  名乗ろうとしたのに、きらきらとした瞳でフェイを見つめ、接近してきた少女は思いっきりその場で転んで泣き出してしまった。  これは大変だ。彼女の父に、ちょっと様子を見ていてくれた頼まれていたのに、怪我をさせたとなると大事だ。ジョージィは怒らせるととんでもなく怖い。  フェイは慌てて少女に近付き、彼女を抱き上げる。 「ほらほら、痛くないから、ね? すぐお兄さんが手当てしてあげるから」  そうは言っても、薬も包帯も無い。  フェイはポケットからハンカチを取り出して少女のスカートを捲り上げる。すると彼女は驚いたように慌てだす。 「だ、だめなの……」 「傷を見るだけだから」 「おかあさまが……スカートのなかはだれにもダメって」  それは、女の子には正しい教育かもしれない。けれども怪我をした子供を放っておくなんて大人としてダメな行為だとフェイは思う。 「俺は特別。君の天使様だから、ほら、安心して」  こんなこと、いけないとわかっている。けれども、少女の誤解を利用しないと手当てができない。  フェイは悪い大人だ。純粋な少女の信仰を利用した。  少女は数回瞬きをしてから大人しく膝を見せてくれた。天使様なら大丈夫だと思っているのだろう。  一体、何と間違えられているのかはイマイチわからないけれど、それが少女にとってとても大切な存在ならば、フェイが穢すべきではない。  膝の傷は思ったほど酷くはない。少し、すりむいた程度で、多分、痛みよりは転んだことに驚いてして泣いてしまったのだろう。  そっと、ハンカチを傷口に当てると、痛いのか僅かに目を瞑る彼女が可愛らしくて、思わず額にキスをした。  驚いたような顔で見つめられたので笑って見せれば、可愛らしい笑みを見せてくれる。 「さて、おうちに帰ろうか。お父さんが待ってるよ」  少女の母親は国王の婚約者のドレスの仕立てで忙しい。父親の方も、繁忙期だから作業場で忙しいだろうけど、わが子が第一の男だ。連れて行っても問題ないだろう。  少女はもう、すっかりフェイに心を許したようで、ぎゅっと抱きついてきた。 「てんしさま……おとうさま、おしごとおわったかな?」 「どうだろうね。終ってなかったら、傷の手当をしたら、俺と遊ぶ? 俺もあれ、出来るよ。ほら、ハンカチでくしゅくしゅって薔薇作るやつ」  彼女の父親がよくやっている。きっと少女も喜ぶだろうと思ってそういえば、可愛らしいグレイの瞳をキラキラと輝かせる。 「うん。する」  なんて可愛い子なんだろうと思ったのは、きっとフェイに懐いてくれる素直な子だったからだろう。  けれども、その日、感じてしまった。  この子が大きくなったら、俺のお嫁さんになって欲しいな。  そんなことを言うと、この子の父親はとんでもなく怒るか、笑ってからかうか。  全く予想できない。彼は考えが読みにくいのだ。  この時はまだ考えもしなかった。  この幼い少女が、こんなにも純真なまま育ってしまうなんて。  この、愛らしいまま、大人になってしまうなんて。  思えばこれがフェイの初恋だったのだ。
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