果たされないまま

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2年。 後期の授業が始まった頃。 小グループのディスカッションの最初。 近況を1人ずつ言っていく場面。 「今日ぼっちでハタチの誕生日です」 僕はしょんぼり言った。 「おめでとう」 「どんまい」 画面越しにみんなが慰めてくれた。 そこで君も、残念そうに言ってくれた。 「コロナがあけたら飲もう」と。 社交辞令だけど、嬉しかった。 「奢ってくれ」 精一杯、普通の顔をしてそう返すと。 「1杯だけな」 笑ってくれた。 僕も笑った。 別に果たすつもりもない。 約束でもなんでもない。 君がみんなに向ける愛想のひとつにすぎない。 そう思っていた。 君もそう思っていただろう。 だからアレは、偶然だったんだろう。 2年の冬。 最悪なタイミングで寒波が来て、大学まで来たは良いものの帰れなくなってしまった。 それどころか、対面授業も休講になり、やることがなくなった。 夜はどこかホテルかネットカフェに入ることにして、図書館へ暇つぶしに行った。 がらんとした館内。 当てもなく歩いていた。 窓際の一席。 本が一冊、置きっぱなしになっていた。 意味もなく近づいた。 あの本だ。 レンガみたいな本。 以前君が読んでいた。 なぜこんなところに。 手を。 伸ばした。 「あれ、珍しいね」 びくりと肩が跳ねた。 「あ、こ、こんにちは」 手を引っ込める。 よく見るとイスの上に鞄がある。 君の席だったことに気づいた。 勝手に人の席の物に触ろうとしたことになる。 「お疲れ。  何してんの?」 見られただろうか。 「あっえと…  来たんだけど、講義がなくなって。  新幹線止まって帰れない」 「詰んだじゃん」 マスクをつけた君は、画面越しよりも素っ気なく見えた。 冷たい目をしている。 そう思うのは、雪で館内が暗いせいだろうか。 レンガみたいな文庫本を取る。 誰もいない図書館。 「読む?」 差し出された。 「え?」 「いや、気になるのかなって」 見られていた。 どうしよう。 答えが見つからずにいると、君は本を鞄に片付けた。 「うち来る?」 「あ、うん、じゃあね」 ん? 今なんて言ったんだっけ? 早く立ち去りたいとしか思っていなくて、適当に答えてしまった。 ギクシャクと。 後退りしたら。 「いや、うち来るかって」 一歩。 近づいてきた。 「え?なんで?」 また後ずさる。 緊張で頭が回らない。 これが直接話したはじめての会話だと、その時は気づいてもいなかった。 「新幹線止まってんだろ?」 また一歩。 後ずさった分を詰められる。 腕を掴まれた。 「泊まっていけば?」 そんな話になるとは思っていなかった。 「いや迷惑でしょ」 「いやむしろ来い」 そう言って強引に家に泊めてくれた。
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