果たされないまま

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大学のすぐ近く。 がらんとしたアパート。 真っ白い壁に黒い調度。 「大学生になったら、  一人暮らしして友だち呼んで、  タコパに飲み会に色々したかったのに、  皆無だよ」 綺麗に片付いた部屋がもの悲しい。 「いつもこんな綺麗にしてんの?」 「普通っしょ」 「いや、物が床に置いてないとか偉すぎ」 緊張して何を話してるのか分からないまま口にしていた。 君は笑ってくれて、僕も笑った。 普段はしないという料理を2人でして、缶チューハイで乾杯した。 「誕生日おめでとう」 「え?」 「2ヶ月遅れのお祝い」 憶えていたことに驚いた。 驚いたことに君も驚いたようだった。 「忘れてたんかい」 「いや、あんなの…」 社交辞令でしょ。 と言うのはやめた。 失礼だ。 たとえそうだったとしても、言ったら空気が悪くなる。 「よく憶えてるなと思って」 「奢れって言われたしね」 「ん?」 そういえば、今日の夕食。 スーパーでの会計は僕が出した。 泊めてもらうから、それくらいはしようと思ったのだが。 「奢ってもらってないけど」 「だってコロナあけてないし」 「じゃあ、あけたら次こそ奢ってくれる?」 「いいよ。  また飲みに誘うし」 「分かった。僕も祝うから君の誕生日教えて」 そう言ってから。 チューハイを飲む君を見てふと思う。 「誕生日、もう来てるよね?」 「4月1日」 「早すぎでしょ」 思わず笑ってしまった。 「8ヶ月遅れでおめでとう」 缶をぶつけ合う。 「念願の、宅飲み…!」 君は嬉しそうに上半身をベッドに投げ出す。 相手が僕なんかでいいんだろうか。 それも飲み込んだ。 言っても困らせるだけだ。 「タコパはしなくていいの?」 「じゃあ次はタコパ飲み会にしよ。  たこ焼き器あるから」 「タコ嫌い」 「はあ?」 「生地だけのがいい」 「タコになんの恨みがあんのさ」 「タコが僕を恨んでるんだよ」 「恨まれるようなことしたの?」 「身に覚えがないから逆恨みってやつ?」 そこまで言って吹き出した。 君も吹き出した。 「タコの代わりにちくわが使えるよ」 「ちくわも嫌い」 「ちくわにも恨み買ってんの?」 「いろんな食べ物に恨まれてるんだよ。  僕と飲んでも面白くないよ」 思わず言ってしまった。 君はベッドの上でコロリと向きを変えて。 こっちを見た。 「生地だけのたこ焼きでもいいよ。  別にタコが好きなわけでもないし」 目を細めて笑う君に、うまく笑い返せなくて。 でも君はずっと笑ってた。 それから少しずつ、対面授業やゼミが増えて、大学に行く機会も多くなった。 その度に君を頼って、アパートに泊めてもらった。 「毎回泊めてくれるけど、迷惑じゃない?  用事あるなら断ってよ?」 「いや、特にないし、いいよ」 他の友だちとの約束とか、ないんだろうか。 授業以外で彼を見るのは、いつも図書館。 僕が図書館にばかり行くからだと思っていたけど、君もいつも図書館にいる。 大学に行く機会が増えても、それは変わらない。
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