果たされないまま

4/6
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
3年になると、僕のゼミでは飲み会が小さく開かれるようになった。 「ゼミの飲み会のあと、  泊めてくれない?」 うまい菓子を持って図書館に行ったら、君はやっぱり、あの分厚い本を読んでいた。 「んな菓子なんて気い遣わなくていいのに。  全然いいよ。  終電調べときなよ」 君はそう言ってくれた。 でも、そういえば。 あの笑顔は、作り物だったかもしれない。 ゼミでは研究という共通の話題があるので、飲み会でもさほど困らない。 自分で話すより人の話を聞いていればいい。 面白い話が聞けるので苦でもない。 アルハラに敏感な時代だし、飲み会でクラスター発生なんて洒落にならないので、会自体はひどく穏やかだ。 終電に余裕で間に合って。 君のアパートに帰った後の方が、穏やかでなかった。 相変わらず綺麗に片付いたアパート。 白々しい蛍光灯。 がらんとした部屋の。 ベッドとテーブルの隙間の床に。 君は一人でうずくまっていた。 「飲んでたの?」 「そっちも飲んでたんだろ」 「別に怒ってるわけじゃないよ」 さほど度数は強くない缶チューハイばかりだけど、空いた缶が6本。 テーブルの上には、他に何もない。 「ご飯は食べてないの?」 「食欲ない」 目を擦っている。 「眠たい?」 「頭痛い」 「気持ち悪い?」 「ちょっと」 こんな酔い方して、一人で楽しくもなかっただろうに。 横になると目が回ると言うので、水を飲ませて床に座らせる。 ベッドに背を預け、肩を貸すと、もたれかかってくる。 「一人で飲みたかったの?」 「違う」 「こんなに飲んで」 「そっちも飲んでたんだろ」 さっきもそう言った。 「僕が飲んでたから?」 「…楽しかった?」 「先輩の話は面白かったよ」 「うちで飲むよりそっちがいい?」 どういう意味なのか。 どんな顔して言ったのか。 覗き込んだつもりだったのに。 君は僕の首に腕を回して。 だきついてきた。 一瞬見えた君の顔は、酔って真っ赤で、涙目で、唇が震えていた。 どうしたらいいか分からなくて、背中をポンポンと叩いたら、さらにきつくしがみつかれた。 「…寂しい」 ポツリとつぶやいた君の本音。 僕なんかより君の方が友だちは多いとか。 信頼されてるだろうとか。 頭に浮かんできたそんな比較は、全く意味がない。 何も慰めにならない。 きつく抱きしめた。 言葉が見つからなくて、とにかくきつく、君がしがみつくのより強い力で、抱きしめていた。 「苦しい」 「寂しいんでしょ」 「もう寂しくない」 「僕が寂しい」 「飲み会、楽しかったくせに」 「君が寂しいと、僕も寂しい」 広々とした部屋。 完璧な挨拶。 真面目で優秀。 ゼミ、サークル、バイト。 首席入学。 図書館に一人。 笑顔。 食欲がない。 寂しい。 6本の空き缶。 涙。 僕が知ることのできない寂しさを。 君は抱えていた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!