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「なんかさっきからいろんな曲聞こえてくるんだけど、なんだ?誰かがどっかでライブやってのか?」
「ねえ、七番街でなんかかっこいい男の子が歌ってるんだって!めちゃくちゃ歌上手いのよこれが!!」
「あいつすごいなあ。もう二時間も歌いっぱなしだし、ていうかなんであんなアクロバットなダンスしながらあんなに歌えるんだ?全然息切れてないし」
「ずーっと笑顔!見てるだけで楽しくなるって」
「き、気になる……私も見に行く!」
「ねえ、すごいよ七番街の男の子!名前、リアくんていうんだって!」
「どこの子だろ?身なりは綺麗だったけど」
「そんなことどうでもいいよ、トークもめっちゃ面白いっていうし、終わっちゃう前に身に行こうよ!」
「凄いなあいつ!かっこいいな!!」
トップアイドルの実力を見せつける――まさに、リアが言った通りになった。
彼の歌声は、零番街までゆうゆうと届いた。興味を持って足を止めた人々はみんな彼の虜になり、噂が噂を呼び、次から次へと七番街へ人が足を運ぶようになったのである。
気づけば零番街からは、ほとんど人がいなくなってしまっていた。みんなが彼の歌を聴きに七番街へ行ってしまったために。
――確かに、七番街の人々はともかく……零番街の人々は裕福な人がほとんどだ。土日や祝日に休んでる人が多いから、仕事中でどうしても手が離せないって人も少ない……。
だから、面白そうな娯楽があればみんなそちらに足を向ける。
理屈は単純だ。しかし、そうやって人々の心をあっという間に掌握できる“無名の歌手”が、果たしてこの世界にどれほどいるだろうか。
彼は零番街の広場で爆弾が無事に処理される三時前まで、ずっと一人でライブを続けた。歌とトークだけで、誰も傷つけずに町の人々を守り切ってみせたのである。
「はー!屋外で歌うのって久し振りだってけど、なかなか気持ち良かったな!みんな楽しんでくれてよかった!」
「あ、ははは……」
今回のテロを企てた首謀者たちのほとんどが逮捕され、関係書類のチェックをしながら。暢気にソファーに転がる少年を見て、僕は思わず苦笑いをするしかなかったのだった。
彼は気づいていないのかもしれない。己の能力が、実はどんなチートスキルよりも凄いものかもしれないということに。
それこそ、世界を一滴の血も流さずに変えることができるかもしれないほどの。
「……リア、どっちみちまだ元の世界に帰る方法は見つかってないんだけどさ」
これは大きな掘り出し物だ。そう思いながら、僕は彼に声をかけたのだった。
「もう少しマジで……この国のために働いてみるつもりない?ちゃんとお給料は出すからさ」
落ちてきたのはろくなスキルも持たない異世界転移者だったのか。
それとも、この国最大の幸運であったのか。
いずれ、答えははっきりすることだろう。
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