祈り

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祈り

 そう。願いを直接叶えてくれる都合のいい神様など、この世にはいない。  それは、人以外の存在であれば誰でも知っていることだ。  だから当然この社にも、神様はいない。社の奥に収められたご神体の中にも、なにも宿ってはいない。空っぽだ。    だけど。  神様がほんとうにいるかどうかなど、たぶん人には関係ないのだ。  人が誰かの幸福のために願い続ける。するといつしか、その願いを見守る存在というものを、彼らは知らず生み出してしまう。いつかどこかの誰かがかけたやさしい願いが積み重なって、それが、人を見守るやさしい目となる。たとえば、僕らのような。  全知全能の神はいない。けれど、人はそのやわらかな眼差しの存在をずっと受け継いでいくのだ。誰かの幸せを願うことを、祈ることを忘れないでいる限り。  だから、僕は明日、この足許の砂時計の音が途切れるまで、ここにい続けようと思う。     どれだけちいさな雪の欠片になってしまっても、溶け残ったその姿を君に見せたいと思う。  僕にできることは、からだを持たぬころとなにひとつ変わらない。  そこにただあること。それだけ。  それでも、このからだを持ったこと、世界の色を見たこと、音を感じたことを、無駄だったとは思わない。  素敵な経験をありがとう。  だからどうか、君の願いが、叶いますように。  僕はただ祈る。  君の希望をつなぐ役目を、僕が無事に果たせますように、と。       〈了〉    
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