8人が本棚に入れています
本棚に追加
祈り
そう。願いを直接叶えてくれる都合のいい神様など、この世にはいない。
それは、人以外の存在であれば誰でも知っていることだ。
だから当然この社にも、神様はいない。社の奥に収められたご神体の中にも、なにも宿ってはいない。空っぽだ。
だけど。
神様がほんとうにいるかどうかなど、たぶん人には関係ないのだ。
人が誰かの幸福のために願い続ける。するといつしか、その願いを見守る存在というものを、彼らは知らず生み出してしまう。いつかどこかの誰かがかけたやさしい願いが積み重なって、それが、人を見守るやさしい目となる。たとえば、僕らのような。
全知全能の神はいない。けれど、人はそのやわらかな眼差しの存在をずっと受け継いでいくのだ。誰かの幸せを願うことを、祈ることを忘れないでいる限り。
だから、僕は明日、この足許の砂時計の音が途切れるまで、ここにい続けようと思う。
どれだけちいさな雪の欠片になってしまっても、溶け残ったその姿を君に見せたいと思う。
僕にできることは、からだを持たぬころとなにひとつ変わらない。
そこにただあること。それだけ。
それでも、このからだを持ったこと、世界の色を見たこと、音を感じたことを、無駄だったとは思わない。
素敵な経験をありがとう。
だからどうか、君の願いが、叶いますように。
僕はただ祈る。
君の希望をつなぐ役目を、僕が無事に果たせますように、と。
〈了〉
最初のコメントを投稿しよう!