(二)

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(二)

 京都の市街地、オフィスビルが立ち並ぶ烏丸通沿いにある下京中央警察署の講堂に設置された特別捜査本部にて、初回の捜査会議が正午から始まった。捜査本部長となる東森一課長の訓示が終わり、続いて実質の捜査指揮を執る一係係長の穂積警部補による事件概要の説明が始まる。穂積の声に交じって、講堂内には菓子パンやおにぎりなどのビニールを破る音が響く。「情報と昼食持参で参集」と指示を出したのは穂積自身だ。  被害者は岸井ゆりあ、十七歳。福知山西高校二年生。現場に残されていた生徒手帳から身元はほぼ確定。現在、福知山市在住の両親が京都市内に向かっており、到着次第、遺体の確認予定となっている。  死因は扼殺。被害者は床に押し倒され、被疑者に馬乗りになられた状態で頸部を素手で絞められたものと思われ、肋骨の骨折もあった。頸部に残った扼痕や骨折の状況から推察される被疑者は、身長一七五センチ程度、体重七十キロ程度の男性。被害者には抵抗した痕跡があり、両手の指の爪から被疑者の元の思われる皮膚片および微量の血痕が検出されている。血液型、DNA等については現在、科捜研で分析中。  現在の最有力容疑者は、同室に宿泊していた清水洋祐。二十八歳。福知山市在住。コロナ禍における旅行費助成制度の利用のため、ホテル受付時に免許証を提示されており、宿泊者が本人であることは確認されている。宿泊予約は本人。宿帳の職業欄には公務員の項目に丸がつけられていた。福知山中央署に確認を求めたところ、おそらく清水洋祐は福知山西高校の教員であろうという返答があった。これについては現在、確認を急いでいるが、被害者の通う高校の名前の登場は偶然とは考えにくく、おそらく教師と生徒の秘密の旅行だったのだろう。痴情のもつれ、突発的な犯行。捜査員なら誰しもがそういう感想を持つだろう、現場及び被害者の状況だった。  その清水洋祐については慎重に内偵を進める必要があると穂積が言い、久美子の脳裏には春日のことが過った。宣言どおりこの会議に春日の姿はない。おそらく今頃は福知山に向かう道中だろう。後々、どんなふうに問題になるかと思うとぞっとする。出世や点数に興味はないとは言え、余計なトラブルに巻き込まれるのは勘弁だ。  その他、本部機動鑑識から現場の状況報告、機捜及び下京中央署刑事課強行犯係の井野係長から初動捜査の報告があり、今後の捜査の割り振りとなった。清水洋祐の内偵には当然のように殺人犯捜査一係の捜査員が中心に配され、その他所轄及び機捜の捜査員は周辺の防犯カメラ映像の回収、目撃者探しを指示された。テンポよく進んだ初回の捜査会議で、久美子が予断を挟むタイミングはなく、しかし清水の交通事故の件は報告しなければならない事実であることは間違いなく、どうすればよいか解らぬまま組み分けを聞いていると、そっと行動の後ろのドアから、緊張した面持ちで交通捜査の高橋係長が入ってくるのが見えた。
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