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そうして現場の初動捜査が開始される一方で、その時点では事件発生についても、のちに自分がその事件の捜査に加わることになるとも知らない捜査員も数多おり、下京中央警察署刑事課強行犯係二班の社久美子巡査もその一人だった。
秋晴れの空の下、社久美子は西大路花屋町近くの単身者用賃貸マンションを見上げていた。六階建てのマンション、共用玄関はオートロック、間取りは風呂トイレセパレートの1Kというところまでは賃貸物件情報サイトで確認済み。確認したかったのは防犯カメラの位置と通りからマンションまでの距離、実際の部屋の並び。現在も被疑者がそのマンションに居住中かどうかも確認したいところだが、現時点では相手の本名は不明。事件は二年前のことであり、転居している可能性もある。
本当は思い出したくないんです、でも誰かに聞いてもらいたかったんです。被害者、田中美奈は二日前の面談で何度もそう言った。犯罪被害者の多くがそう語る。被害を語るということは、封印したい記憶と向き合うことだ。人の心は自分自身を守るため、傷つけられた記憶、それを想起することで自分が傷つくかもしれない記憶を封印したり改ざんしたりするが、それは犯罪捜査にとっては正確な情報収集の支障となるものだ。できるだけ正確な記憶を掘り起こし、情報収集を行うために、被害者への事情聴取の場では捜査員に対して「言いたくありません」は通用しない。大学で心理学を専攻し、カウンセリングの場面では「言いたくないことは無理に言わなくてよい」と学び、そこに心理カウンセリングの魅力を感じていた久美子としては、警察官になって十一年目になってもいまだに葛藤するところだった。
二日前、京都府警本部の性犯罪相談ダイヤルに相談電話が入り、被害者の住所が下京区内だったために、管轄の下京中央警察署にて本部捜査第一課性犯罪捜査指導係の志田真文警部補、警務課犯罪被害者支援室から綾本さくら巡査部長、そして捜査の実働を担う下京中央署刑事課強行犯係からは久美子が同席し、被害者田中美奈、その友人である杉田由香との面談が行われた。
美奈と由香はともに、現在二十一歳の大学生。同じゼミで意気投合し、親しくなった仲だという。今年の夏、二人で温泉旅行に行ったとき、由香は美奈の左腕にリストカット、アームカットの傷を見た。由香が理由を尋ねると、美奈曰く、二年前、大学入学直後の春、アウトドアサークルの新歓コンパで知り合った他大学の学生複数名に性的暴行を受けたとのことだった。それ以来、そのことは誰にも話さず一人で抱えてきたが、不思議と由香には話していいような気がしたと美奈は言い、由香の肩で泣いたのだった。由香はインターネットで調べた相談窓口として性犯罪相談ダイヤルを知り、事前に美奈には内緒で複数回の電話相談を経て、この度、美奈の直接相談にこぎつけたとのことだった。
信頼する友人による冷静な事前準備と同席の効果で、美奈は被害状況をとき折り言葉を詰まらせながらも概ね整理して話すことができ、性犯罪被害者の初回面談としてはかなりスムーズな面談となった。
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