(一)

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 こうして抱える未決事件が一つ増え、二つ増えしていたそのとき、刑事課庶務係から着信があり、殺人事件発生の知らせを受けた。京都府警の管轄内で起きる殺人事件は年間十五件前後。今年はこれで十二件目の発生であり、例年通りのペースと言ったところか。久美子は召集の指示を聞きながらそんなことを考え、脱線する。殺人などの凶悪事件に当たりたい、凶悪犯を逮捕したいと意気込む刑事も多々いるが、久美子はどちらかと言えば気が滅入る方だ。本部の捜査員を中心とし大規模な捜査体制が組まれる重要事案であっても、所轄の末端の捜査員しか対応しないような小さな事件であっても、そこに被害者がいることには変わりない。その小さな事件をいくつも抱える最中、重要事件が発生し捜査本部入りとなればそちらに専念しなければならず、通常業務が停止してしまう。  それでもとにかく、召集が掛かった以上は戻らなければならない。久美子は愛車の頭を事件現場であるJR丹波口駅付近のシティホテルへと向ける。頭の中ではTODOリストの優先順位を並び替え、特捜本部入りとなった場合の業務整理を思索する。          *  現場付近はすでに警察車両が並び、明らかな異常事態の発生を表している。その周囲にはテレビ、新聞などマスコミ関係とスマートフォン片手の野次馬が取り囲んでいる。久美子はとりあえず現場の前を通過し、近くのコインパーキングに車を止めた。トランクから京都府警のロゴが入った紺のウインドブレーカーを取り出し、小脇に抱えて現場へ向かう。野次馬の間を抜け、立ち番の警察官に手帳を見せて黄色いKEEP OUTのテープをくぐる。ウィンドブレーカーを羽織り、ホテルのロビーに入ると、すでに初動捜査の割り振りが終わり、大方の刑事は動き出しているらしく、現場整理の制服組の他は、機捜の倉田、下京中央署刑事課長の八木、課長代理の久保田が陰鬱な表情で立ち会議の最中だった。久保田が久美子に気付き、歩み寄ってくると、開口一番は「春日はどうした」だった。 「知りません。一緒じゃなかったので」  どうしたと言われても困る。私は春日成二の見張り役でも保護者でもない。久保田は「まあ、ええけどな」と顔を歪める。呼んでも現場に来ない春日の身を案じているわけでも、遅刻に立腹しているわけでもない。普段のパターンからいけば、春日はすでに事件の発生を把握しており、独断で捜査を開始しているはずだった。独断専行、組織捜査からの逸脱は、京都府警の《不協和音》と称される春日成二のお家芸。とは言え、捜査員としては非常に優秀であり、一時は本部捜査第一課にいたこともある。故に、その独断専行は捜査の中枢を担う本部の捜査員との衝突を招くことも多々あり、そのしわ寄せは中間管理職である久保田に来るのが目に見えており、そのための表情の歪みだった。  その春日と同い年で、前の署から組むことが多かった久美子は暗黙的に相棒扱いされており、それも正直言っていい迷惑だった。  ホテルの外側が慌ただしくなる。玄関口に目を向けると、捜査帽を頭に載せ、『捜一』の腕章をつけたスーツ姿の集団が入ってきた。府警本部捜査第一課、殺人犯捜査一係の捜査員の臨場だった。先頭を行くのは一課のエースと称される穂積和彦警部補。おそらく彼が、今回の事件の実質的な指揮を執ることになるのだろう。三十代後半の若さで刑事の花形である殺人犯捜査の係長を任されたという優秀な刑事だと噂で聞いていたが、実際に捜査の指揮下に入るのは初めてだ。穏やかな表情だが、眼光には独特な冷たさがあった。その穂積警部補以下七名の捜査第一課殺人犯捜査一係の捜査員に、久美子も久保田も条件反射的に頭を下げた。
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