(一)

7/8
前へ
/32ページ
次へ
 一八五センチ、八八キロの大柄な体躯の春日成二はどこにいても目立つ。キックボクシングの全日本学生で準優勝したがっちりした体躯、仄暗い目、陰気な雰囲気を纏い、被害者も加害者も同僚も誰に対してもぶっきら棒に接する態度。春日の全てが人を寄せ付けない雰囲気で、状況に応じたコミュニケーションが必要な刑事という仕事をどうしてこなせているのか不思議なのだったが、しかし春日は被疑者検挙という意味においてだけで言えば実に優秀な刑事なのだった。逸脱の常習犯ではあるが、よく言えばセオリーや集団意思に囚われない柔軟な視点、思考回路を持ち、事件解決への最短ルートを見極めることができるということだ。  その春日はコインパーキング前の電柱の写真をスマートフォンで撮っていた。久美子は車を路肩に寄せ、車を降りる。「何してるの」久美子が尋ねると、春日は無言で電柱の膝の高さくらいの箇所を指さした。久美子は一五八センチの小柄な体躯を折り曲げて、春日の指の先を見つめる。削れた痕跡。車が擦ったようだ。「交通課に移るの?」久美子が尋ねると、春日は一言、「ホシの車やろ」と言い放った。 「もうマル被を割り出したの? 現場では、マル害の連れが行方不明だって言ってて、それが本命っぽかったけど」 「ホシの名前は知らん」と春日は素っ気ない。会話が成立しないのはいつもどおり。 「じゃあどうして、この電柱の傷がマル被の車だって解るの?」  春日は肩でため息をつき、曰く、「昨夜二十二時十二分、ここで車の自転車の接触事故があった。パーキングから急発進してきた車と自転車の接触。車は電柱に擦ってそのまま逃走。自転車の運転手にケガはなし。車種は不明だがおそらくSUV。時間も場所も一致する。ホシが慌てて逃げるところやったんやろ」 「確証はないのね。偶然かもしれないでしょう」 「それはホシが挙がれば解る」春日は言うと、タバコを咥えて火をつけ、続けて「交通捜査に伝手、あるか」と尋ねてきた。 「あるけど――」 「パーキングの管理会社に出庫記録の提出、防犯カメラ映像の提出依頼、してるはずや、提供があり次第、俺に回せ。あと、精算機の指紋採取をしてるはずやから、現場の指紋と照合させとけ」 「そんな権限、私にあるわけないでしょ。自分で頼んでよ」 「お前にない権限が、俺にあるはずないやろう」  京都府警の《不協和音》と呼ばれている自分の立場を自嘲し、春日は煙草を咥えたまま歩き出す。勝手な憶測、強引なこじつけ、もはや妄想や戯言の域に近い春日の言動は信じられないというのが本音だったが、それでもこれまでその妄想や戯言と見なされていたことが真実だったことがほとんどなのだった。久美子は捜査本部に報告するかどうか迷い、どうせ報告しても戯言だ、お前も春日と同類か、などと一蹴されるのがオチかと考え、とりあえず確認だけならとその場で交通課交通捜査課係に電話をかけ、同期の赤坂美穂巡査部長を呼び出した。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加