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今の話
今までの生活を一方的に奪った稔を僕は今でもゆるさない。
目を覚ましたのは午前五時だった。窓から外を眺めるとほんのりと薄明るくなっていた。手入れのしていない羽毛布団からは埃とダニの混ざったようなにおいがする。散々泣き散らしてぱんぱんになった目をこすりながらぼんやりと部屋の天井を眺めてみた。仰向けになった自分の体に魂が戻ってきたのを感じる。この時ようやくさっきの光景は夢だということに気が付いた。僕の現実の体はしょうもない。喉はいつだってからからで。中途半端に覚醒してしまった体は腐っているかのように重たかった。僕はまたずっと起きていなきゃいけないのかと思うと憂鬱になる。
ちかちかする頭を抱えながら私は寝室を出た。一階で寝ている両親を起こさないように静かに階段を下る。リビングへのドアをきいっと開け、左手に曲がると冷蔵庫に遭遇した。ブーンと静かに音を立てている冷蔵庫を開け、中身を見た。中には豚コマやら豆腐やらヨーグルトが入っている。僕はその中から好物のスムージーを見つけたのでそれを手に取った。キャップを開けて、中身を口の中に放り込むとキウイの香りが口の中に広がった。最近のスムージーはフルーツの甘みが存分に引き立たてられていて飲みやすい。唯一まともに栄養をとることのできるこの液体はボロボロの体をつなぎとめるボンドみたいに感じた。お腹がいっぱいになった僕はそのままリビングで横になる。硬い床の上で僕は蛹になった。
「瑛士、いつまで寝てるの」
僕を起こしたのは母だった。神経質な性格が伝わってくる眉間のしわと、三白眼の少し迫力のある目が特徴的な母は鋭い口調でそう言った。
「そうやって昼まで寝ていると体に良くないわ」
母はそう続ける。僕は眠たかったが確かにその通りだと思った。さっそく起きて音楽でも聴こうと思って僕は母ににっこり笑いかけるつもりだった。
「あああああああああああ!!!」
僕は言葉にならない叫びをあげて狂乱していた。一瞬浮かんだ僕の人間らしい心は眠気のストレスには勝てなかったらしい。健康な暮らしなんて僕にとってはどうでもいいものだった。なんで母親に気を遣ってまで健やかな生活を送っていなきゃいけないんだ。僕はもうとっくに壊れているはずなのに。
広いリビングの床をばだばたと地団駄を踏みながら手元にあった座布団を投げ散らかした。うるさい。僕はまだ寝ていたいんだ。僕はただこの一言を発したいだけなのに言葉が紡げない。簡単なコミュニケーションすら取れない自分が情けなくなってきた。
「ううううううう……」
僕は落ち着いたかと思えばその場にうずくまって泣いていた。僕は母の憐憫のまなざしを受けていることを感じた。それに応えることもできず僕は体をぶるぶると震わせて獣のように泣き喚いた。ままならない生活が送れなくなる瞬間に僕は稔のことを思い出す。
僕は今でも自ら命を絶った稔をゆるさない。
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