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昔の話
☆ ☆ ☆
「なあ、覚えてるか?」
不意に稔からそう聞かれた。
まだ冷たさの残る風が始まりの合図だった。何のことだろうか。僕は彼の全てを知っている。もうすぐ十年の付き合いになりそうだ。十年の付き合いになると一生の付き合いになるという言葉がある。もう少し経つと彼とは一生の付き合いになりそうだ。でも、きっとそうなると思う。こうして今も夜中に二人で散歩をする仲なのだから。空には乙女座が堂々と南の空のてっぺんに居座っていた。僕の親友は根っからの乙女座の男であることを思い出す。いやに几帳面で。繊細で。気にしいで。それゆえに人の感情の機微に敏感で。場を盛り上げる言葉。かけて欲しい言葉をかける。その上で言葉が欲しくない時は黙っていてくれる。そんな優しい彼のことをを忘れるわけないじゃないか。
そういえば、こと座流星群を観に行ったこともあったな。三時間ずっと空を見続けて見つけられた流れ星は五つだけだったけど。それでもあの時間が何よりも尊かったことだったことだって覚えている。
「ん?なんのこと?」
いけない。感傷に浸り過ぎた。
「なんか、懐かしいなって思ってさ。こんな夜にこうやって塾の帰りとかでしょうもないこと話しながら帰ったじゃん。懐かしいなあって」
なんだ。そんなことか。忘れるわけないじゃないか。それは僕にとって一番大事な思い出だ。勉強することは大変だった。それでも帰り道、君と喋るその時間の楽しみだけで毎日、毎日、飽きもせず塾に通ったんだよ。
いつだったか。夜中に大声で何時間も喋るもんだから近所の人に怒られたこともあったな。後日、学年集会で
「立ち話を続ける学生が近所に迷惑をかけている」
とクレームが入ったことを連絡された時に二人で爆笑したのももちろん覚えている。気がついたらここでまた話している。また怒られないかな。なんてね。
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