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岡田が好きな匂い
教室の生徒たちは昼食を食べ終えて、各々好きなことをしている。
開けっぱなしの窓からは、六月の風が入り込んでくる。カーテンがはためいて心地よい風が吹いている。夏服に衣替えしたばかりだ。期末テストもまだまだ先なので、のんびり過ごせる昼休みだ。
岡田陸が楽しく学校で過ごせているのは、いま向かいに座っているクラスメイトのおがけだ。
クラスメイト……植草実は、スマホをいじっている。ときどき、眼鏡を押し上げる。頬はゆるみっぱなしだ。
「植草。かわいい仔見つけたか?」
「ああ。もう最高。カメラに向かって媚びるような眼差し……たまらん!!」
スマホに息がかかりそうなくらい、植草の呼吸は乱れている。
「どうだ、岡田くん!」
植草は岡田のことを、くん付けで呼ぶ。岡田以外の男子にも同じ。女子は全員、さん付けだ。同い年なのに。植草のこだわりらしい。
自分だけ名前呼びだと不自然だから、岡田は植草のことは苗字で呼んでいる。
岡田と植草は、仲良くなってから一年以上経つ。そろそろ、『実』『陸』と、下の名前で呼び合いたいと岡田は思っていた。
岡田は、植草に顔を近づけてスマホを覗き込んだ。
(平常心、平常心……)
植草にスマホを見せてもらうとき。
一日で、ふたりがもっとも近づく瞬間だ。
「へえ、声は消してあるんだ」
「想像力を掻き立てられるだろ?」
「他のはないの?」
「ベッドの動画もあるぞ!」
「見せて、見せて」
ふたりは肩を更に寄せ合う。机を挟んでいるから、ぴったりはくっつけられない。
岡田はかすかに香る、植草の整髪料の匂いを嗅いだ。
岡田が好きな植草の匂いだ。
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