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きみとキスして後悔していない
「岡田くん。キスしてもいいか?」
答えられないでいると、植草は微笑んで、岡田の髪をくしゃくしゃにした。
「今日はもう帰ってほしい。これ以上いっしょにいたら、また変なことをしてしまいそうだ」
岡田は立ち上がって、玄関に向かった。靴を履いているときに、植草の声が聞こえた。
「またな」
「ああ……」
返事をして、ドアノブに手をかけると、後ろから抱きしめられた。
「植草……」
「ごめん。これだけはしたい」
背中に当たる体温があたたかくて、岡田は動かなかった。
しばらくすると、腕の力が緩んだ。植草が離れる。岡田は振り返った。
植草は岡田をまっすぐに見つめて言った。
「僕は、きみとキスして後悔していない」
「俺もだよ」
「そうか。よかった」
植草は目を細めて笑った。その笑顔を見たら、胸が締め付けられた。
帰宅してベッドに寝転がって、天井を眺める。
『僕は、きみとキスして後悔していない』
植草の言葉を思い出して、口元を押さえた。
「俺もだ」
小さな声で言ってみたけれど、誰も聞いていない。
植草とキスをしたという事実は、ずっと忘れられないだろうと思った。
――――――――――
植草は、自室のドアを閉めたあと、床に座って、頭を抱えた。
(何やってんだよ……僕は!)
岡田のことが気になって仕方がない。
キスしたときの彼の表情と声を思い出すだけで、体が熱くなる。
あのときは夢中だった。確かに香水の効果が少しはあったのかもしれない。
でも、我を忘れたのは、初めの軽いくちづけをしたときだけだった。
(あんな反応されたら、抑えられなくて当たり前だろ……!)
キスをすることが、体にふれることが、あんなに気持ちいいとは知らなかった。
いままで、恋愛に興味がなかった訳ではない。ただ、自分には縁遠いものだと思っていた。
他人との距離を縮めることに消極的な自分が、誰かと恋人同士になることなど、考えたこともなかった。
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