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植草?
たぶん植草のことだから、家の手伝いは何かしらしているだろう。
岡田も植草と同じくバイトはしていない。ヘアワックスはお年玉の残りを使って買おうとしていた。
岡田はワンショルダーリュックを床に下ろした。いつものように、ベッドの前にある黒猫のシルエットが散らばった柄のラグの上だ。
ふたりはラグに座り、ベッドに寄りかかった。岡田は、アトマイザーを二個とも植草に渡す。
「愛猫堂のだから、猫の香りかな」
植草は蓋を開けて、香りを嗅いでいる。
「あれ、香りがちがう。ほら」
植草が蓋を外したアトマイザーを、岡田の顔の近くに持っていく。
(……手の匂いを嗅ぐみたいだ)
心を落ち着かせながら、岡田は香りに集中した。
「ほんとだ。こっちのほうが甘い匂いがする。お菓子みたいだ。こっちは花の匂いに近いような……」
「子猫と大人の猫をイメージした香りかな」
植草がアトマイザーに鼻を近づけた。
結果、植草の顔が岡田に急接近した。整髪料の匂いを嗅げる距離よりも、間近にいる。
香水と混ざったのか、いつもの数倍、植草の匂いが岡田の脳に刺激を起こす。
眼鏡の奥の瞳が艶めいていて、目を奪われた。
「……つけてみよう。俺、こっちにする」
しばし見つめあったが、岡田は目をそらした。恋心を悟られそうな気がした。
グリーンの容器のアトマイザー、お菓子のような匂いがする香りの方を取る。蓋も植草から受け取った。
「じゃあ、僕はこっち」
ふたりで香水を手首につけた。ふたつの香りが部屋に立ち込める。
「こういうのって、首にもつけるんだっけ?」
そう言いながら、岡田は首筋にも香りをつけた。途端、甘い香りが濃くなった。甘ったるいくらいだ。
「あー、つけすぎたかなあ……植草?」
植草は、動かない。
手首にアトマイザーを近づけて香りをつけた姿勢で、岡田をじっと見つめている。頬はほんのり赤くなっている。
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