37Tab

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 壁の影に半ば隠れるように立っている為表情はわからなかったが、地央にあんな風に言われてもやはり離れがたいのだろう。  看護師の言葉には声を出すこともなくただ首を横に振っていた。  ソファーの上で地央が寝返りを打とうと右手を上げた。その手のひらは、先ほど屋上で転倒した時のものだろう、すりむいてうっすらと地が滲んでいた。  再び、真直なら二人そろって怪我をするようなことにならず、地央を手摺からおろすことができたのだろうと劣等感に苛まれた。  しかしそれを穴埋めするように、地央は真直に近寄るなと言って啓太郎を選んだのだという奇妙な優越感を覚える。  嫌な感情だとわかっていても嬉しいと思う気持ちは消すことはできない。  それにしても。  数日前までキス事件などなかったように以前の関係を取り戻していた二人だったのに、なぜ急に地央は手のひらを返したような態度をとったのか。  そもそもキス事件は無かったことになったのか?  それを踏まえての昨今の関係性だったのか?  あえて追求しなかったことだが、深く考えると猜疑心ばかりがつのる。  あいつは……この頬に触れたのだろうか……。  肉の薄くなった青白い頬に手を伸ばそうとしたとき、少し離れた部屋のドアが開いて久我が姿を現した。久我は口を一文字に引き結び、啓太郎の傍まで来ると眠る地央を見下ろして大きく息を吐いた。 「岸には知ってもらった方がいいと思うから、言う。何よりお前が、近くに居るお前が平林を支えてやってほしい」
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