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『2022年8月2日 火曜日。
学校の裏門から入ると、男の子がでむかえてくれました。今日は、学校の先生に見つかって追いかけられてしまったそうです。
あんまり人の前に行かない方が良いよ、と教えてあげました。
私は彼をつかまえようとないけど、きっと大人はそうじゃありません。
人間の姿になったセミなんて珍しいから、きっとつかまえようとすると思うのです。セミだと気づかれなくても、子供が一日中ふらふら歩いていたら変です。良い人も、きっとつかまえにくると思います。
私は男の子の手を引いて、またジュースをおごってあげました。夏休みにおばあちゃんにおこづかいをもらったばっかりなので、お金はちょっとたくさんあります。人だすけをするときは、ケチなことはしてはいけないよとお母さんにも教わっています。
男の子は言いました。とつぜんへんいなんかしたくなかった、自分もふつうのセミたちみたいにミンミン鳴けるようになりたい、そのために生まれてきたのにと。
飛べない、鳴けない、それではなんのために生まれてきたのかわからない。自分の寿命は、土の中から出てきてから七日間しかないのに、と。今日を入れても、あと五日しかありません。
七日間しか生きられないのは辛いね、と言ったら。それは、ぼくたちにとっては普通のことだから全然つらくないよ、と言われました。
「むしろ、君たち人間のほうがつらくはないの。何年も、何十年も、生きなくちゃいけないんでしょ。つらいこともたくさんあるだろうに、がまんして生きなくちゃいけないのはつらいんじゃないの」
「そうなの?そんなこと、考えたこともなかった。だって、人生って楽しいこともたくさんあるでしょ」
「そう?人間は、長く生きるのに、あくせく働き続けて大変そうだなって思ってたよ」
「大変なこともあるけど、それだけじゃないよ。私が君に、楽しいことを教えてあげる」
私がそう言うと、男の子は笑ってくれました。
何で、とつぜんへんい、があるのかはわかりません。でも、この子が人間の姿になったのは、きっと意味があるはずなのです。
普通のセミにはできないことをする、意味があるはずなのです。
少なくとも私はそう思いました』
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