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前世での恋人は、必死に僕に謝り続けていた。
それにチクチクと胸が痛んだ。
君は謝らなくていいのに。こんなに年の差が生まれてしまったのだって。
僕だけ助かってしまったからなんだから。
あの日、ふたりで心中したとき、僕だけなぜか打ち上げられて助かってしまった。君はどれだけ探しても見つからなかったのに。
嘆き悲しんで、そのままもう一度海に入ろうとしたら、助けてくれた漁師親子に止められてしまい、どのみち都会に戻ることも叶わなかった僕は、そこで働きはじめた。
漁村は荒くれているけれど気持ちのいい人ばかりで、その内妻子もできた。僕はだんだん君のことを忘れていくのが怖くなってしまった。
年を取って、だんだん布団で寝ている日が多くなった。いよいよ僕にもお迎えがやってくるのだろう。僕はそう漠然と思っている中。
君が枕元に立ったことに気付いた。
「君は……どうして……」
既に歯がボロボロで上手くしゃべれなかったはずなのに、そのときの声はちっともしわがれてはいなかった。
君は言ったんだよ。
『私の代わりに幸せになってくれてありがとう』と。
そこで僕はガツンと殴られた感覚に陥ったんだ。
彼女を幸せにすることが、最期までできなかったと。
もし次の機会がもらえるのなら、今度こそ君を幸せにする。そう心に誓って眠りに落ちたんだ。
まさか年の差が離れていたなんて思っていなかったけれど。
僕が死ぬ間際に必死に祈ったのか、天は味方してくれた。
僕が生まれたのは、ちょうど大企業で働くキャリアウーマンの家だった。母の働きをマジマジと見て、仕事ができるということはこういうことなんだと少しずつ学びはじめた。
年の差が少し離れていたのには驚いたけれど、なんの問題もない。
彼女を若い内に娶ればいいだけだ。
まだ年若い内に命を落とさなくってもいい。次は五体満足で幸せになってくれればいい。
大丈夫。それだけの力は身につけたから。
<了>
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