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衝撃的な出会い
山崎拓真は、兄、隼人の運転する助手席に座り、今朝手入れしてきたオックスフォードシューズの底で、苛立たし気に床にリズムを刻んでいた。いわゆる貧乏揺すりというやつだ。
それというのも、ハンズフリーにしたスマホから、上流社会の仕来たりというレクチャーを装い、一方的に嫌味を聞かされているからだ。
相手は、今年に入ってすぐ一回り違う長兄と結婚した綺夏で、然る企業の社長令嬢だった。
長兄の健斗は、上司からの勧めでお見合いをした際、綺夏に気に入られ、断り切れずに結婚した感がある。
一見逆玉の輿にも聞こえるが、綺夏には二人の兄がいるので、いずれ健斗は役員に名前を連ねる可能性はあっても、会社を継ぐことはないし、親族経営の会社にあっては、口を挟む権限も与えられない。
拓真から見れば気を使うばかりで、健斗の結婚は、決して手放しで喜べるものではないように思えたのだが、隣で運転中の次兄隼人は、当初違う意見を述べた。
『僕は、いいんじゃないかと思う。このコロナ渦で多くの企業が、業績の悪化で衰退しただろ。社会人になった先輩から聞いた話では、仕事がないのに会社が抱える雇用者数は変わらないから、人件費を抑えるために企業側は、リストラに加えて、早期退職者に優遇措置を与える旨を伝達して希望者を募ったり、新規雇用者数をぐんと減らして、何とか生き残りを図っているそうだ。来年は僕たちも就職活動に突入だけれど、状況は厳しいよ。健斗兄さんはよほどヘマをしない限り安泰だから、うまくやったと思う』
その時まだ、中学二年生であった拓真には、会社の実情まで知る由もなく、隼人の客観的な物の見方はとても勉強になった。が、しかし、後日その楽観的な意見を覆したのも隼人である。
その理由は、生まれも育ちも違う健斗と綺夏は、金銭感覚も常識もかけ離れていたことにある。
健斗に付き添われ、綺夏が初めて山崎家に顔見せに来た時のこと、綺夏が嬉々として告げた言葉に全員が度肝を抜かれ、絶句したのは記憶に新しい。
『私と結婚すれば、健斗さんは今度係長に昇進すると思います。年収も800万円ぐらいにはなるのですが、それだけで生活するのはかなり厳しいです。でも、何とかやりくりしてゆこうと思いますので、よろしくお願いします』
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