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ここで冒頭に戻る。
僕が息をするのを忘れかけたのは、マイページにゲームの中でも屈指の『しもべ』とされている『ゆるさない』さんの足跡が残っていたからだ。
定期的に行われるイベントでは常に上位に居る雲の上の人だ。
日々言葉狩りが行われる今ではあえて誰も使わない『ゆるさない』をガチャで引き当て、あろうことかハンドルネームにしてしまった伝説の人なのだ。
現れただけで手がかりは何もなかった。
僕は『ゆるさない』さんのページにそっと足を踏み入れてみた。
スキルは『地球特別監視員』とある。
このゲームのスキルはゲームを有利に運べるものから、単なるネタまで数多くある。
入会特典以外で一つのスキルを得るには『もじのたね』が百個必要で、しかもガチャでしか出ない。
こんな多分ネタスキルを堂々と掲げているのは、トップ『しもべ』である証なのだろう。
世界では、自由に考えを発信することが難しくなりつつある。
人々が無責任に吐き散らした言葉は、回り回って自分自身の首を絞めるばかりとなった。
病んだ人々は自らを傷つけない言葉だけを身のまわりに置く。
企業は法令を守ることだけに縛られている。
おそらく本当は何を守りたかったのか、見失いつつあるけれど。
そんな中で『もじのしもべ』はゲームの形を借りることで、ほんの少し踏み込んだ言葉を扱うことができた。
僕は『ゆるさない』さんに何をゆるさないのか、常々聞いてみたいと思っていた。
けれども聞けない。
仕方がないので、僕は手持ちの数少ない『もじカード』をこねまわしてメッセージを送ってみた。
「『冷やし中華(状態異常:伸び)』の『さくらんぼ(状態異常:ふやけ)』」
冷やし中華とさくらんぼは、僕が持っている『もじカード』の二大巨頭だ。
いつか使おうと温め続けたせいで本来の力は発揮できないが、今使わないでいつ使うのだろう。
それほど間をおかず、返信が届いた。
あの僕自身もよくわからないメッセージを解読できたのだろうか。
「『ゆるさない(出力:裏拳)』」
感極まってちょっと泣いた。
『ゆるさない』さんの裏拳を引き出した男として、僕は少しでも誰かの記憶に残るだろうか。
残らなくてもいい、薄れゆく意識の中で僕の気持ちはとても安らかだった。
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