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『ゆるさない』
シンプルなのに圧が強く、それでいてまるっこいひらがなが目に飛び込んできて、気の弱い僕の手は震え息が止まりそうになった。
要領も間も悪く、僕はいつも関わった人を失望させ怒らせる。
誰かと言葉を交わそうとすると色んなことが頭を巡り、思ったことのカケラも出てこない。
当たり障りのない言葉を探しているうちに、たいていその場にいない人のように扱われてしまう。
そんな僕がひっそりと頼ったのが、文字をひたすらに慈しみ育て表現する『もじのしもべ』というふざけたゲームサイトだった。
会員は『しもべ』と呼ばれる。
『しもべ』はせっせとサイトに出入りし、『もじのたね』というログインボーナスを一日一個もらう。
『もじのたね』でガチャを引くのだが、たいていは一文字だけの『もじカード』しか出ない。
人を惹きつけ驚かせ、笑わせられる『パワーもじカード』を手にできるのは年に数回あればマシな方だ。
有料会員ならば金さえ払えばガチャ引き放題だが、無料会員は一日一回のチャンスに賭け、なけなしの『もじカード』をマイページにちまちま配置し合成して言葉を紡ぎ出すのが精一杯である。
自分のハンドルネームを決めるのさえ、『もじカード』が必要なのだ。
「『書家』さん、この『もじ』を書いてくださいなー」
「俺が手にしたはじめての『パワーもじカード』なんで、『書家』のスキルで装飾してほしいんです」
僕がゲームをはじめて十年近くが経っている。
それにも関わらずレベルは初心者に毛が生えたくらいでしかない。
強い『もじカード』を引けない運の悪さはリアルと変わらない。
何故か意味のない半濁音ばかり引くので僕のハンドルネームは腹具合の悪そうな『ぴぺぺぴ』だが、他のユーザーからその名を呼ばれることはまずない。
僕が今でもこのゲームを続けているのは、始めた時にもらった入会特典のスキルが『書家』だったからだ。
比較的他のユーザーとの交流が多いサイトだが、こんなことでもなければ引きこもりの僕が誰かと言葉を交わすことはなかっただろう。
希少だが、『もじカード』の強さには全く関係のないお飾りスキルだ。
ユーザーの『もじカード』を預かって書家ボタンをぽちっと押す。
そうすると『もじカード』は無駄に美しい文字となって、輝きながら現れる。
虚しいけれど、この瞬間は好きだ。
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