初めての人

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「実は、ね……」 「先生、入院されてるの。」 雷にうたれたような衝撃とはこのようなことを言うのだろう。 私の口はあんぐりと開いたままだったかもしれない。 「結構、体調悪いみたいで、仕事もできないからって。」 「結構って……どのくらい、なんですかね。」 頭の中を無数の文字が飛び交っていたが、何とか聞けた。 「それは、わからないですけど…」 あぁ、そうか。 井口先生の細い手首と、首周りを思い出す。 1番近くで見ていたはずなのに、気づかなかったのか。 いや、1番近くではないか。 先生には恋人が、居たはずだ。 会いたい。 そう思ったが、そうする訳にもいかないのだと思い知らされた。 「で、林さん。病院、行きたい?」 「えっ、知ってるんですか。」 「実は、歳も近いし、仲良くて。 何回かお見舞い行ってるんです。」 事務の先生が今日初めて笑顔を見せた気がした。 「はい、行きたいです。」 聞いておいて、損は無いと思ったからだ。 行きたいと思ったら行けばいい。 事務の先生は手馴れた手つきでペンと紙を取り出し、住所を書いてくれた。 「はい。」 「生堂総合病院 205」と書かれていた。 ここからそう遠くない、行ける距離ではあった。 「ありがとうございます。」 「うん、気をつけて。また、暇があったら来てくださいね。」 「はい。」 塾を出ると、春の柔らかな日差しとそよ風が心地よかった。
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