最初のキス

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 身体を汚そうとしたことがある。  速人とのセックスを、特別なものにしたくなかった。  マッチングアプリで知り合った男たち、何人とも寝た。よく変な病気をもらわずにすんだな、と、今は感心したように思う。  ただ、その頃は……つまり、速人に抱かれ始めた頃は、そんな事も考えられなかった。男とのセックス。実の弟とのセックス。後者はどうにもならないにしても、前者だけでもどうにか感情を薄めてしまいたくて。  いろんな男と寝た。アブノーマルなプレイもした。言いなりになる屈辱にもなれてしまいたかった。  大抵の男は一度きりで関係を切ったけれど、そうならなかった人がいる。  「良人くん、今晩会えないかな?」  なんて、気安く電話をよこす人。  俺はその人に婚約者がいることを知っているけれど、それでも誘いを断ったりはしない。  「会えますよ。」  それだけ答えれば、青い車が俺の家の前まで20分でやってくる。  「久しぶり。」  と、運転席の窓を開けて高峰さんが笑う。  俺は、高峰渚というこの人の名前が本名なのかも知らない。  「2週間前に会ったでしょう。」  「本当はもっと会いたいんだけどね。」  「だって、高峰さんは仕事忙しいし、それに、」  婚約者がいる。  その言葉を、高峰さんはいつも口にさせない。ごめん、とちょっと悲しそうに微笑んで俺の口をふさぐ。  高峰さんの車に乗り込んで、向かう先はいつも決まっている。  湖のほとりにある、おんぼろのラブホテルだ。  はじめて高峰さんと会ったとき、この湖の周りをドライブした。そのとき俺が、木々の間に埋もれるように建っているこのラブホを見つけ、ここがいい、と言ったのだ。  高峰さんは驚いたように俺を見て、きれいなホテル、少し走ればいくらでもあるよ?  と言った。  俺は首を横に振り、ここがいい、と繰り返した。  セックスをするためだけの建物、という感じがよかった。それ以外なんの機能もついていなさそうなところが。  それ以来、俺は高峰さんに、このホテル以外で抱かれてはいない。  「本当にここでいいの?」  いつものように、高峰さんが問うてくる。  俺は顎を引くように小さく頷き、今にも壁が崩落しそうなラブホを見つめる。  セックス以外はしない。  高峰さんは多分、俺のその意思表示を読み取ってくれている。  そしてその俺の意思は、婚約者がいる高峰さんにとっても都合がいいものなのだろう。  こんなおんぼろホテルには似合わない、ぴかぴかの車と、端正な容姿の高峰さん。  俺は心のどこかに空いた穴を意識してしまう。なにを注いでも、ざらざらとその穴からこぼれ落ちていってしまう。
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