ただの冗談

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 いつものぼろいラブホのベッドで俺はシャツを脱いだ。  ここに来るまでの車中でも、やはり高峰さんの様子はおかしかった。いつもよりずっと無口で、目の色がどことなく沈んでいて。  それでも俺は、どうしたんですか、と問いかけたりはしなかった。だって、俺と高峰さんはそんな関係性にはないから。   高峰さんは、多分俺に、どうしたのかと訊いてほしかったんだと思う。なんとなくだけれど、そんな空気は感じた。    それでも俺は、黙りこくっていた。  服を脱ぐと、高峰さんは俺の隣に腰を下ろした。  いつもならキスのひとつでも降ってくるところなのだけれど、高峰さんは腰を下ろした姿勢のまま、ぴくりとも動かなかった。  高峰さん、と、声をかけるのも億劫だった。  俺と高峰さんには、身体の関係しかないはずだ。それ以上の何を求められても、今の俺にはただ重たい。  黙ったままの高峰さんを横目で見つつ、俺はジーパンも脱いで裸になろうとした。すると、高峰さんが俺の手をつかんでそれを阻止した。  「……。」  「……。」  無言のまま、数秒間お互いの目を見つめ合った。  俺はもう、ただひたすらに、高峰さんがなにも言わないことを願った。面倒事はごめんだった。  けれど俺の祈りも虚しく、高峰さんはゆっくりと口を開いた。  「うちにおいでよ、良人くん。」   は? と思った。だって、高峰さんの家には婚約者が一緒に住んでいる。  「何言ってるんですか? 婚約者さん、いるんでしょう。」  うん、と、高峰さんが頷く。  「でも、もういいかなって。」  「もういいって、なにが。」  「……なんだろうね。全部、かなぁ。」  曖昧な台詞だった。俺は、付き合いきれない、と肩をすくめた。  「婚約者さんと喧嘩でもしたんですか? だとしても、俺を巻き込むのは違うでしょ。それに、俺と寝てたってバレたら、高峰さん、逮捕されますよ?」  「……そうだね。」  それだけ言って、高峰さんはまたしばらく黙った。そして数秒後に口を開き、それでもいい、と言った。経文でも唱えるような、抑揚のない口調で。  「いいわけないでしょう。」  俺は高峰さんの腕を掴み、軽く揺さぶった。  しっかりしてくれ、と言いたかった。  この人は、お金も社会的地位も婚約者も、人が羨むようなものは全部持っている。それを、俺とのセックスだなんてつまらないもののために失っていいはずがない。
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