ただの冗談

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 「俺は同性愛者なんだと思う。」  滑稽なほど重々しく、高峰さんが言った。  俺は、それはそうだろ、と思いながらも黙っていた。  「ずっと、自分はバイセクシャルなんだと思ってきたけど、やっぱり違う。俺は、同性愛者だ。」  あ、そう、と言いたかった。  だって、そんなこと本当は内心分かっていたはずだ。それをごまかして女の人と婚約までしたんだから、後はもう、自分に嘘をついて突っ走る以外に何ができると言うんだろう。  黙ったままの俺を、高峰さんが上から見上げるような、妙な視線で見つめてきた。  「分かる? つまり俺は、きみを愛しているって言いたいんだけど。」  分かる? って、そんなん分かるわけない。  高峰さんが、この世で一番眩しいものでも見上げるような目で俺を見るから、困惑した。  彼は、頭も要領もいい人のはずだ。それが、なんでここで、俺なんてつまらないものに足元を掬われようとしているのか。  「気のせいですよ。」  と、俺は言った。  「ただの冗談だってことにしたほうがいいですよ、俺とのことなんて。」  馬鹿馬鹿しい。こんなことになるなら、金をもらっておけばよかった、と思った。  金さえもらっておけば、俺はただの商売で高峰さんと寝ていたことになる。そこには一つの情もなく。  無料で寝てしまったから、いくつもの夜を重ねてしまったから、高峰さんもうっかり足元を掬われてしまったのだろう。そこになんらかの情が介在しているような気になって。  「……できないよ。」   囁くように、高峰さんが言った。  「冗談なんかにできない。俺は同性愛者だし、きみが好きだ。」  なにも知らないくせに。  俺が実の弟と寝ていることも、顔も身体も思い出せないたくさんの男たちと寝ていたことも、なにも知らないくせに、この人は俺を好きだなんて言う。   呆れた、という顔を、意識して作った。  「馬鹿なこと言わないほうがいいですよ。婚約者さんと結婚して、幸せな家庭なんか築いて、もう二度と男となんか寝なければいい。そうしたら、俺のことなんかすぐ忘れますよ。」  できない、と、高峰さんが繰り返す。  「ずっと自分に嘘をついて生きてきた。でも、もう嘘が付ききれない。」  嘘が付ききれない。  そんなのただの甘えだと思った。  俺だって、自分に嘘をついている。  速人とのセックス。それが大したことなんかじゃないって、ずっと。  心が壊れそうになって、身体を汚し尽くして、それでも嘘を付き続けている。    
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